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第7話一ノ瀬音也

 一十木社長が話す内容は、企業研究をしただけでは見えてこなかった部分が明るみになるものであった。  一ノ瀬が内定を貰っている会社こそ、一十木の手掛けた事業のプロジェクトを任せていた人が引き抜かれる形で、会社の業績を伸ばしていっているというのだ。  そのような会社はごまんとある。しかし、一ノ瀬がこれから勤めることになる会社はそれがあまりに多く、他の企業とも揉めているとのことだ。   「俺……何も知らないまま、俺のポリシーを俺が捻じ曲げていたということなんですね」  「だから、あの場でお会いしたということか——」一ノ瀬が納得して視線を下に落とす。   「え? でも、自分のやりがいが感じられるところなら、どこであってもいいんでしょ? だったら、別にそこまで音也が気負うことまでしなくてもいいんじゃない?」    加持が横から割って入る。 「健斗、お前は一旦黙ってろ」 「え、どうして?」  きょとんとしているのを見ると、猫を被って欲しい時もあるものだと痛感した。 「一ノ瀬君は私の説明会で、上司に会わせてくれと言ったんです。能動的な行動でしょう?」    「それが他の学生——貴方たちに出来たでしょうか?」一十木社長は足を組み直したらしく、姿勢が一瞬崩れた。 「僕は、別に会社はどこでも——」 「そうですか。ですが、一ノ瀬君のポリシーを貴方が無理に従わせることは違うのでは? 彼は彼の考えるところで、自分の意思を改めたり、訂正したりして大人としての階段を登っていくのでないでしょうか。彼は、やりがいを感じる職場で働きたいと仰っていたのを覚えています。それが今でも変わらないのであれば、私の君らが働くであろう会社の現状を伝えましたから……あとは彼が考えることでしょう?」 「でも、せっかく一緒になれた同期だよ、音也。ねぇ、僕を置いてけぼりにするつもり?」  一ノ瀬は席を立つ。「……健斗、やっぱお前、今日は帰れ。それから、鈴木さん? アンタも」トーンを下げていった。 「私はまだ、一十木社長と話したいことがあるし、別に君の邪魔はしてないだろ?」  一ノ瀬が連れてきたツレが粗相をしまくっている現状に、外野の二人は気づいていないのだろう。   「お前ら、自分の都合を押しつける前に、相手を考えろ。一介の社長だぞ。あくまで俺らはまだ、学生で、社会人ではない。上下関係もロクに習ってこなかったのか!」  一ノ瀬は止まらない。「自己紹介もしない、勝手に横入りして図々しい、それだけ粗相しといて、俺のツレとして紹介しなきゃならない俺の身になれよ!! 恥ずかしい!!」語気が強くして、怒りを顕にした。 「……恥ずかしい? 僕が音也の友人であることが?」 「ああ、今はすごく、恥ずかしい」 「……そう。僕、大人しく帰るよ。音也にこれ以上嫌われたくないし」  刹那、舌打ちが聞こえた。  両サイドに加持、一十木社長がいる。同じ間隔で座っているためか、どちらが放った苛立ちなのか一ノ瀬にはわからなかった。 「ほら、アンタも帰るよ」 「え、私も?!」 「お前の図々しさが一番目立ってたっつの!! 来い!! ——一十木社長、失礼な真似をしてすみませんでした」  加持はあろうことか、鈴木の胸ぐらを掴んだまま、頭を垂れたのだ。  一ノ瀬もここでしばらくの冷戦で膠着状態になっていくんだとばかり腹を括っていただけに、眼前の大人しく素直に引き下がる加持を見て、言いすぎたことへの罪悪感が芽生えてくる。  さらに、加持は「大変遅れましたが、僕は加持健斗と言います。彼とは良き友人で、大学時代のほとんどを彼と過ごしてきたので、つい、彼と離れることに嫉妬してしまいました」という。  だが、社長が仲介しなくて済むよう、ここで和解はしない。  鈴木は存外に力の強い加持に引きづられながら、退散していった。 「俺からも謝罪いたします。もっと早くにアイツらを注意すべきでした」 「え? いえいえ、私は元気の良い学生さんだなと思っただけです。意見をあそこまで大人に言えるというのは、まさに一ノ瀬君のお友達という感じでしたし。好印象ですよ」  一十木社長は一ノ瀬にもフォローを入れている。「彼もまた、良い人材です。良い上司と向こうで出会えると良いですが……」と加持の否定を一切しなかった。 (良い教育者とはこんな人のことを言うんだろうな。正直、ついていくなら……)

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