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第10話
「一ノ瀬君、もしかして、市販の簡単にできるアレ、使わないんです?」輝度満点の笑みを向けるのは、一ノ瀬を是非採用したいと頑然にファーストクラス同然のチケットを差し出す社長だ。
瞬きを数回繰り返して答えた。「そうですね、時短ですしね。使いましょう!」。
すると、一ノ瀬の答えに何かを詰まらせたのか、眉根を寄らせるもすぐにそれは解かれる。そして、手に持っていた時短のアレは商品棚に戻されている。
「いえ! 親交を深めるためには同じ釜の飯を何とやらですよね! 是非、一ノ瀬君のイチから作ってもらったものが食べたいです」
「そ、それは良いんですけど……大したものは作れませんからね」
「私はからっきしなので、文句一ついえない立場ですから!」
「じゃあ……——」
「オムライス」というのと同時に「オムライスなんか……作れたりするんですか?」一十木社長からリクエストが入った。
「社長はオムライスが、好きなんですか?」
「一ノ瀬君は、得意料理がオムライスなんです?」
なんと都合が良いのだろうか。
「おお、社長と好きなものが同じだ」
「奇遇ですね。こうもドンピシャで合致すると、仲良しになれそうな気しかしませんね」
ビジネスマンの一十木社長から仲良しという可愛らしいワードが選定されたことに、感動と親近感がさらに湧き上がってくる。
家にお邪魔することになってから、なんとなく緊張を解されて、なんとなく打ち解けていっている気がする。
一十木社長の人身掌握術だとしても、嫌味に感じないのでそれには蓋をしてオムライスの食材を揃えて、スーパーを後にした。
隣で運転に戻る社長は何やら上機嫌で鼻歌を歌っている。
「オムライス」がお気に召したらしい。
一十木宅に到着しても機嫌はそのままに、「私も何か手伝えることがあれば」と、何度断っても一緒にしてくれるという。
——だが、お世辞抜きに断りを入れたのは言うまでもない。
卵ひとつロクに割れないのだから、得て不得手は誰にでも平等に存在しているようだ。
生活感のない空間で過ごす彼なのだから、容易に想像できるははずなのに気を遣わせてしまった。
「社長、結局食材の費用も持ってもらったんで、あとは俺がやります。どうぞ座っててください」
なんとかそれっぽい理由を後付けして、先にリビングに行ってもらう。
「勝手に調理器具使っちゃいますよ」と背を向けた一十木社長に許可を得て、残りの工程を全て終わらせた。
その中で、フライパンを取り出す時に開けたシステムキッチンの棚の中に、鍋やフライパンの充実さに驚く。
圧力鍋まで完備だ。
料理ができないと聞いていたから、形から入るタイプなのだろうか。
昼食が済んで程よい時間になったところで、「そろそろ、一ノ瀬君の内定先である会社について、話しますか」と切り込んでくれた。
結果的に、一ノ瀬と上司の馬が合いそうなのは、見掛け倒しに一ノ瀬が騙されたからに他ならなかった。一十木社長は「どの企業も人手不足で、学生優位な今の就活に悪戦苦闘しているんです。なので、多少猫を被るのは仕方のないことといえば、そうなのかもしれませんが」という。
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