10 / 16

第10話

 「一ノ瀬君、もしかして、市販の簡単にできるアレ、使わないんです?」輝度満点の笑みを向けるのは、一ノ瀬を是非採用したいと頑然にファーストクラス同然のチケットを差し出す社長だ。  瞬きを数回繰り返して答えた。「そうですね、時短ですしね。使いましょう!」。  すると、一ノ瀬の答えに何かを詰まらせたのか、眉根を寄らせるもすぐにそれは解かれる。そして、手に持っていた時短のアレは商品棚に戻されている。 「いえ! 親交を深めるためには同じ釜の飯を何とやらですよね! 是非、一ノ瀬君のイチから作ってもらったものが食べたいです」 「そ、それは良いんですけど……大したものは作れませんからね」 「私はからっきしなので、文句一ついえない立場ですから!」 「じゃあ……——」  「オムライス」というのと同時に「オムライスなんか……作れたりするんですか?」一十木社長からリクエストが入った。   「社長はオムライスが、好きなんですか?」 「一ノ瀬君は、得意料理がオムライスなんです?」  なんと都合が良いのだろうか。 「おお、社長と好きなものが同じだ」 「奇遇ですね。こうもドンピシャで合致すると、仲良しになれそうな気しかしませんね」  ビジネスマンの一十木社長から仲良しという可愛らしいワードが選定されたことに、感動と親近感がさらに湧き上がってくる。   家にお邪魔することになってから、なんとなく緊張を解されて、なんとなく打ち解けていっている気がする。  一十木社長の人身掌握術だとしても、嫌味に感じないのでそれには蓋をしてオムライスの食材を揃えて、スーパーを後にした。  隣で運転に戻る社長は何やら上機嫌で鼻歌を歌っている。  「オムライス」がお気に召したらしい。  一十木宅に到着しても機嫌はそのままに、「私も何か手伝えることがあれば」と、何度断っても一緒にしてくれるという。  ——だが、お世辞抜きに断りを入れたのは言うまでもない。  卵ひとつロクに割れないのだから、得て不得手は誰にでも平等に存在しているようだ。  生活感のない空間で過ごす彼なのだから、容易に想像できるははずなのに気を遣わせてしまった。 「社長、結局食材の費用も持ってもらったんで、あとは俺がやります。どうぞ座っててください」  なんとかそれっぽい理由を後付けして、先にリビングに行ってもらう。  「勝手に調理器具使っちゃいますよ」と背を向けた一十木社長に許可を得て、残りの工程を全て終わらせた。  その中で、フライパンを取り出す時に開けたシステムキッチンの棚の中に、鍋やフライパンの充実さに驚く。  圧力鍋まで完備だ。  料理ができないと聞いていたから、形から入るタイプなのだろうか。  昼食が済んで程よい時間になったところで、「そろそろ、一ノ瀬君の内定先である会社について、話しますか」と切り込んでくれた。  結果的に、一ノ瀬と上司の馬が合いそうなのは、見掛け倒しに一ノ瀬が騙されたからに他ならなかった。一十木社長は「どの企業も人手不足で、学生優位な今の就活に悪戦苦闘しているんです。なので、多少猫を被るのは仕方のないことといえば、そうなのかもしれませんが」という。

ともだちにシェアしよう!