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第12話一十木洋平
入社式の挨拶文を述べる一十木。もちろん、説明会と同様テンプレに則った可も不可も無い挨拶だ。
だが、心持ちは明るく、新進気鋭の社長らしい立ち居振る舞いと言うべき姿でいられた。
彼とバッチリ目が合い、アイコンタクトを取ってみる。にか、と笑顔で返してくれるのが、むず痒く感じた。
大企業の大きなビルディングよりは見劣りするが、内装は個々が集中できるような空間を作り、人口密度に気を遣っている。人の視線があることで良く無い行動は抑制されるが、同時にベストパフォーマンスも抑制してしまうことがあるからだ。
とくに、内省的な人の場合は、人の視線があると緊張してしまう。それだけならいいが、病気を持っている人なら、日々のストレスに潰れてしまうことだろう。
向き不向き、得手不得手、各々の強みを出し合える会社が会社を支えることに繋がっていく。
一ノ瀬にも同じことが言える。彼の強みはまさに、コミュニケーション能力。打算的でない人間性一本勝負の、いわば正統な武闘派のようなポジションは、頭でっかちなIT会社には必要不可欠なタイプである。
一十木にとってはそれだけでは無いが——。
入社式の後、新入社員は早速研修に入っていく。業務別に散らばることになるが、とくに営業課は会社の最前線を行く精鋭たちだ、研修生であっても早期早熟を目指して、外回りに連れ回される。
社内を回ると、営業課は選び抜かれた精鋭たちで構成しているため、少ない人数ではあるが、研修生を加えたミーティングが行われている。故に、無駄打ちはしない。営業課から出る損失はほとんどと言っていいほど無いのだ。
だからこそ、一ノ瀬をヘッドハンティングできるのだ。環境が揃っているだけではない、研修生のうちからすぐに現場に出て経験を積むことができる。さらに、上司との連携も必ず要るのだから、一ノ瀬の望むやりがいをどこより早く実感させる自信があった。
優秀な契約取りたちに紛れて、メモを一心不乱にとる一ノ瀬を端から見た後、社長室に戻る。
デスクには、半年前から悩みの種となっている書き留めで送られた書類が徐々に重なる。
すぐに処分できるものではあるのだが、取っておいたら、最近は内容ががらりと変わってきている。妙である。
どっかりと椅子に座り、足を組む。
「……」
(鈴木が自社のことをこんなに早く密告してきて、なんの意図があるんでしょう? アレは野心しかないパッパラパーですから、とくに裏はないと思いますが……)
「鈴木が入社した会社があそこの大企業の買収に応じる、ですか。きな臭い話です」
「うちも気をつけなれば、という意味でなら、ちゃんと対策はしといて損はなさそうです——あ、こういう時に秘書がいれば、私自ら動かなくて済むのに……はぁ、面倒臭いですね」信頼のおける社員たちを会社に残して、タクシーを呼びつけた。
運転手は一十木の顔を見るなり、「お、いつもの兄ちゃんだったか」と顔見知りの口調だ。
「はい、今日も私です。それで、今日は黒田飛露喜君のところにお願いします」
「お? あの兄ちゃんはいつもの居酒屋にいるよ」
「こんな昼間っから……」
「社長っちゅうもんはお気楽な仕事なんかねぇ?」
一十木は嫌味として受け取らず、そのまま運転手の皮肉に乗っかった。「黒田君のせいで、職権濫用も甚だしいですよ。本来はきっとどの社長さんも、頭を下げて回る忙しいと思います」。
「だよなぁ、あの兄ちゃんくらいだわ、丸投げしてんのは」
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