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   深淵の森は、白く霧が立ち込め、一寸先も見えない状態だった。 「ふむ、日が悪かったようだね」  面倒くさそうに息を吐いたアイルに、なおさら気を引き締める。  森には多くの動物や魔獣が生息をしているが、見たこともない植物も生えている。目に見えない大きさの菌類から、人よりも大きな花だったり。危険視されているのは食人花だ。  霧の立ち込める森は、生き物の気配がなく、とても静かだが植物たちが活性化する日でもあった。 「日を改めたほうが良いのでは?」 「そんなもったいないことするわけないだろう。森の生態調査に来たんだ、見たことない植物がいるかもしれない。はぐれないように気をつけたまえよ」 「はぁ、」  うきうきと声を弾ませたアイルにげんなりする。魔獣と戦闘しなくてよいのはありがたいが、植物に襲われた場合どうすればよいのかいまいち理解が足りていない。  森の植物は再生能力が高いと聞く。加えて、溶解液を吐き出す種類もいるとか。  目をかけてもらっている副隊長に、森へ行くと伝えたら「蔦に注意しろ」とアドバイスを頂いた。しかし、これだけ霧が深ければ注意も意味を成さなかった。 「とりあえず、森の中頃に生息している綿胞子と、最深部に生えているバタフライフラワーの採取が目的だよ。そのついでに新種を見つけられれば御の字だけど、この霧じゃあ難しいかな」  あの花はなんだ、この花はああだ、と飽きることなく口を動かす魔術師の言葉を聞き流しながら、霧に目を凝らす。  白に覆われているが、鮮やかな花々が咲き乱れている。街の花屋で売っているものや、見たことない花まで、色や形がさまざまな花が咲いている。  濃厚な花の香りに眉を顰めた。  剣一筋のノエルは、自身の頭がいいとは思わない。剣だけが生きるための術だった。  花なんて色と形が違うだけで全部一緒に見える。唯一分かるのは、騎士団の象徴である白薔薇くらいだ。  カサ、と何かが動く気配に剣を抜いて振り返る。 「……なんだ?」  ざわざわと肌が粟立つ。空気がかすかに揺れている。  しかし、いつまでたっても気配の正体は姿を現さず、杞憂であったかと詰めていた息を吐いて剣を鞘に納めた。 「、しまった」  ぽつり、と白い霧の中に佇むノエルはひとり。はぐれないように、と言っていたにも関わらず、アイルの姿は霧の中に消えてしまった。 「魔術師殿!」  声を張るが、返事は返ってこない。  来た道を戻れば森を抜けられるだろうが、護衛対象を残して森を出るなど、騎士としてのプライドが許さなかった。  大丈夫、獰猛な獣もこの霧では出てこない。緑の中に突っ込まなければ危険植物と相対することもない。  唾を飲み込んで、ノエルは先の見えない霧の中に足を踏み出した。  

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