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【受難の前兆】side美夜飛

 暗い真夜中の、激しい嵐みたいだと思った。  カーテンの隙間から月明かりが射し込む。  脱ぎ捨てられた衣服が散らばるフローリングを、的外れにまっすぐに照らしているのが見える。  その光と闇の境い目を、かすむ視界でぼんやりと眺めた。  こんな真っ暗で歪んだ空間から、はやく抜け出したい。もう終わってほしい。  そう考えていたら、意識を引き戻すように最奥を思いきり穿たれ、びくんっと背筋が反った。 「……っひ、ぅあ゙、あ……ッ」  ギシギシとベッドが壊れそうに軋み、その音に合わせて自分の口から悲鳴のような嬌声が迸る。  涙に濡れた顔を枕に押し当て、どうしたって溢れる声を抑えようと唇を噛む。と、後ろからやつの指が口の中に潜りこみ、上下の歯の隙間を無理やりこじ開ける。 「……噛んじゃだめだよ」 「──っんあ、ぁあ゙……っ! ひ、ァ、も、やぇろ……っやぇて……ッ!」  奥に引っ込んだ舌に長い指が絡みつき、喉奥が開き、嗚咽が漏れる。  口端から、たらりと涎が落ちた。  苦痛に顔を歪ませ、干からびそうに真っ赤になった目に、またじわりと涙が滲む。  生ぬるいそれが火照った頬を流れ、ぽたりと落ちる。青い枕に小さな濃い染みが増えた。 ──どうして、なんで。こんなはずじゃなかった。  背を弓なりに反らせ、高く上がった腰の感覚はもうないのに。  後ろからガツガツ抽挿されると、衝撃は脳天にまでビリビリ響く。  無理やり慣らされ、暴かれて。  ぽっかり穴の空いた後ろは内側ばかりがもぐもぐと蠕動し、もはや擦り切れそうな熱しか感じない。  腰をしっかり掴まれて逃げられないのをいいことに、背後からやつの唇が耳裏を押し当て、上擦った吐息まじりに、囁かれる。 「すごく気持ちいいよ、みーちゃんのナカ……。熱くて、俺のこときゅんきゅん締めつけて。もっと奥まで来て、って誘ってるの……?」 「っざけんな、しね……ッ、んぁッ、ぁあ……っ」 「いやらしい声で悪態つくの、死ぬほどかわいいね……みーちゃん? ほんとすき。すきだよ……、かわいい、だいすき。あいしてる……っ、ずっと、ずっとずっと、こうしたかった……っ」 ──……イヤだ。やめろ。お前のそんな言葉、聞きたくない。  一緒に育ってきた同性の幼なじみから、そんな台詞、聞きたくなかったよ。  こんなところから早く逃げ出したいのに。  腰を、腕を、心臓までわし掴まれたようで、抗えない。  全身がだるくて、熱くて、もう抵抗する体力なんて残ってない。  熱く湿った大きな手のひらが、俺の腰をがっちり掴んで、たまに片手が内腿をするりと撫でる。  さらに力が抜けて、もうシーツの上を這う力も残ってなくて、ぱちゅぱちゅ浅ましい音がする後孔を突き上げられたら。  精一杯に枕を握りしめ、泣きながら喘ぐしかない。 「っは、ぁう……ッん、やだ、やァ……っ!」 「っうあ、すっごい痙攣……。またイッてる? みーちゃんも気持ちいいの? おれもっ、俺もね、みーちゃんとセックスできて、とっても気持ちよくて、すごく嬉しいよ。だからね、みーちゃんのナカにたくさん出して、もっとみーちゃんのこと、俺でいっぱいにしたい……っ」 「ッや、やだ……いやだ、言うな……っやめろ、抜けっ、抜けよぉ……っうァ、ぁあ゙──……ッ!」  セックスって言うな。  こんな、ただの力づくの行為。  ちんこもナカもイきまくってて、もはや何が出てるのか分かんねえくらい、肉体はしっかり感じているけれど。  身体は悦んでも、心は全然、全く、一切、気持ちよくない。  一体、いつから。  お前は……、俺たちは、いつの間にこんな、歪にこじれてしまったんだろうか。  できることなら身体を取り替えて、数時間前──いや、お前の日記を見てしまったあの一ヶ月前に戻りたいと願いながら、俺の思考は白濁にまみれた。 ──……  トイレと風呂と洗面所、洗濯機は共同。  いかにも学生寮という感じの、狭いふたり部屋。  ここは幼なじみのあいつと、もうひとり似た部類の冴えない知らない男がいる。  知らない男のほうは風呂か他の友人のところにでもいるらしく、今は不在だ。  部屋の奥と手前にロフトベッドが縦にふたつ並んであって、俺はその奥のほうの、幼なじみが普段使っているベッドで寛いでいた。  反対側の壁にある本棚兼収納用の棚は作りつけで、結局どこの部屋も似たようなレイアウトになる。  エアコンとテレビはひとつずつ。  いつも互いに確認をとってから番組をかえるのが、暗黙のルール。 「なあー、これの五巻は?」  仰向けに寝転がって、読み終わった漫画から目をはなす。  明日の小テストに備えロフトベッド下の机にいるそいつへ、声をかけた。 「えっ、そこの本棚にない? 全巻ちゃんと並べてあるはずなんだけど……」 「えー?」  なんだよ、そこってどこだよ。見つかんなかったから聞いてるんだろが。  梯子を使ってわざわざベッドからおりるのが心底めんどくさくて、読んだ漫画を枕元に追いやり、ごろりとうつ伏せに寝返りをうった。  目をつむって、ゆっくりと深呼吸する。  あいつの匂いを鼻腔いっぱいに吸い込んで、そういえばこいつ、毎日ここで寝てるんだよな、と今さらなことを思う。  俺が黙ると室内はシンと静まりかえる。  漫画を読んでいるときは気にならなかった。  耳鳴りがしそうな静寂のなか、唯一あいつがペンを走らせる音がかすかに聞こえ、それが甘美な眠気を誘った。 ……やばい、寝そう。   本格的に惰眠を貪るため、ひんやりと気持ちのいい枕の下に手を突っ込む。と、ふいになにか固いものに腕が当たった。 「……?」 ……なんだこれ?

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