1 / 123
【受難の前兆】side美夜飛
暗い真夜中の、激しい嵐みたいだと思った。
カーテンの隙間から月明かりが射し込む。
脱ぎ捨てられた衣服が散らばるフローリングを、的外れにまっすぐに照らしているのが見える。
その光と闇の境い目を、かすむ視界でぼんやりと眺めた。
こんな真っ暗で歪んだ空間から、はやく抜け出したい。もう終わってほしい。
そう考えていたら、意識を引き戻すように最奥を思いきり穿たれ、びくんっと背筋が反った。
「……っひ、ぅあ゙、あ……ッ」
ギシギシとベッドが壊れそうに軋み、その音に合わせて自分の口から悲鳴のような嬌声が迸る。
涙に濡れた顔を枕に押し当て、どうしたって溢れる声を抑えようと唇を噛む。と、後ろからやつの指が口の中に潜りこみ、上下の歯の隙間を無理やりこじ開ける。
「……噛んじゃだめだよ」
「──っんあ、ぁあ゙……っ! ひ、ァ、も、やぇろ……っやぇて……ッ!」
奥に引っ込んだ舌に長い指が絡みつき、喉奥が開き、嗚咽が漏れる。
口端から、たらりと涎が落ちた。
苦痛に顔を歪ませ、干からびそうに真っ赤になった目に、またじわりと涙が滲む。
生ぬるいそれが火照った頬を流れ、ぽたりと落ちる。青い枕に小さな濃い染みが増えた。
──どうして、なんで。こんなはずじゃなかった。
背を弓なりに反らせ、高く上がった腰の感覚はもうないのに。
後ろからガツガツ抽挿されると、衝撃は脳天にまでビリビリ響く。
無理やり慣らされ、暴かれて。
ぽっかり穴の空いた後ろは内側ばかりがもぐもぐと蠕動し、もはや擦り切れそうな熱しか感じない。
腰をしっかり掴まれて逃げられないのをいいことに、背後からやつの唇が耳裏を押し当て、上擦った吐息まじりに、囁かれる。
「すごく気持ちいいよ、みーちゃんのナカ……。熱くて、俺のこときゅんきゅん締めつけて。もっと奥まで来て、って誘ってるの……?」
「っざけんな、しね……ッ、んぁッ、ぁあ……っ」
「いやらしい声で悪態つくの、死ぬほどかわいいね……みーちゃん? ほんとすき。すきだよ……、かわいい、だいすき。あいしてる……っ、ずっと、ずっとずっと、こうしたかった……っ」
──……イヤだ。やめろ。お前のそんな言葉、聞きたくない。
一緒に育ってきた同性の幼なじみから、そんな台詞、聞きたくなかったよ。
こんなところから早く逃げ出したいのに。
腰を、腕を、心臓までわし掴まれたようで、抗えない。
全身がだるくて、熱くて、もう抵抗する体力なんて残ってない。
熱く湿った大きな手のひらが、俺の腰をがっちり掴んで、たまに片手が内腿をするりと撫でる。
さらに力が抜けて、もうシーツの上を這う力も残ってなくて、ぱちゅぱちゅ浅ましい音がする後孔を突き上げられたら。
精一杯に枕を握りしめ、泣きながら喘ぐしかない。
「っは、ぁう……ッん、やだ、やァ……っ!」
「っうあ、すっごい痙攣……。またイッてる? みーちゃんも気持ちいいの? おれもっ、俺もね、みーちゃんとセックスできて、とっても気持ちよくて、すごく嬉しいよ。だからね、みーちゃんのナカにたくさん出して、もっとみーちゃんのこと、俺でいっぱいにしたい……っ」
「ッや、やだ……いやだ、言うな……っやめろ、抜けっ、抜けよぉ……っうァ、ぁあ゙──……ッ!」
セックスって言うな。
こんな、ただの力づくの行為。
ちんこもナカもイきまくってて、もはや何が出てるのか分かんねえくらい、肉体はしっかり感じているけれど。
身体は悦んでも、心は全然、全く、一切、気持ちよくない。
一体、いつから。
お前は……、俺たちは、いつの間にこんな、歪にこじれてしまったんだろうか。
できることなら身体を取り替えて、数時間前──いや、お前の日記を見てしまったあの一ヶ月前に戻りたいと願いながら、俺の思考は白濁にまみれた。
──……
トイレと風呂と洗面所、洗濯機は共同。
いかにも学生寮という感じの、狭いふたり部屋。
ここは幼なじみのあいつと、もうひとり似た部類の冴えない知らない男がいる。
知らない男のほうは風呂か他の友人のところにでもいるらしく、今は不在だ。
部屋の奥と手前にロフトベッドが縦にふたつ並んであって、俺はその奥のほうの、幼なじみが普段使っているベッドで寛いでいた。
反対側の壁にある本棚兼収納用の棚は作りつけで、結局どこの部屋も似たようなレイアウトになる。
エアコンとテレビはひとつずつ。
いつも互いに確認をとってから番組をかえるのが、暗黙のルール。
「なあー、これの五巻は?」
仰向けに寝転がって、読み終わった漫画から目をはなす。
明日の小テストに備えロフトベッド下の机にいるそいつへ、声をかけた。
「えっ、そこの本棚にない? 全巻ちゃんと並べてあるはずなんだけど……」
「えー?」
なんだよ、そこってどこだよ。見つかんなかったから聞いてるんだろが。
梯子を使ってわざわざベッドからおりるのが心底めんどくさくて、読んだ漫画を枕元に追いやり、ごろりとうつ伏せに寝返りをうった。
目をつむって、ゆっくりと深呼吸する。
あいつの匂いを鼻腔いっぱいに吸い込んで、そういえばこいつ、毎日ここで寝てるんだよな、と今さらなことを思う。
俺が黙ると室内はシンと静まりかえる。
漫画を読んでいるときは気にならなかった。
耳鳴りがしそうな静寂のなか、唯一あいつがペンを走らせる音がかすかに聞こえ、それが甘美な眠気を誘った。
……やばい、寝そう。
本格的に惰眠を貪るため、ひんやりと気持ちのいい枕の下に手を突っ込む。と、ふいになにか固いものに腕が当たった。
「……?」
……なんだこれ?
ともだちにシェアしよう!