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第5話

「どう? 何か掴めた?」 カリーがノックと共にドアを開け、マイアミデイド署CSIのAVラボの責任者の男性に声を掛ける。 責任者が悪戯っぱい笑みを浮かべて言う。 「良いニュースと悪いニュースどっちから聞きたい?」 カリーが「悪いニュース!」と即答する。 「悪いニュースはハッカーの正体もハッキング元も分からなかった。 そしてなぜチーフでは無くて、ディーンの治療をした医者のパソコンに動画が送られたのかも不明だ」 カリーも悪戯っぽく笑う。 「あら、残念。 じゃあ良いニュース!」 「この動画を送った意味が分かったよ。 これから君に連絡してチーフに報告しようと思っていたところだ」 「そう! それでこのポルノは何だったの?」 「じゃあ画面を良く見て。 このベビーシッターが着ているボーダーのセーターに注目して」 「うん、セーターね?」 カリーがクスッと笑う。 何故なら映像のベビーシッターの『セーター』は袖こそ長袖だが、臍は丸出しで胸元も谷間の下のカーブが見える程空いていて、丈に至ってはギリギリ下着が着けられる丈しかなく、もっと言えばベビーシッターはノーブラで動く度に巨乳がゆさゆさと揺れている。 「このベビーシッターのセーターは二色のボーダーだろ? 色はピンクと白。 だけどそのピンクと白の隙間にラメの様な一本線が有り、自然と胸に目が行くようになっているんだ」 「ええ、分かるわ」 「良し。 それをテレビの三原色に変更する。 赤、緑、青だ。 組み合わせは色々あるが、色の配置はこの際関係無い。 そして1話を13倍速で再生する」 「なぜ三原色で13倍速なの?」 「まずこの映像に何かメッセージが隠されているなら、映像か色か音声にしかないだろう? だが音声にも映像にも加工された痕跡は無かった。 それで最初に画面を整理する為に、全体の画像を三原色で色付けしてみた。 そうしたらこのセーター部分だけが人物や背景とは色付きが違った。 そこで三原色をセーターに絞ってみたんだ。 それに普通に視聴して18時間以上掛かる映像を12時間で分析しろと犯人は言って来ているんだから、当然倍速で観るんだろうと考えた。 そこで人間が無意識に選びやすい数字の3、5、8、10ときて10倍速で少し見えた。 そこからは一つずつ数字を刻んで見てみたんだ。 そしたら13倍速でクッキリと現れた」 責任者が説明し終わると映像を再生する。 1分もするとカリーが言った。 「これは…アルファベットの『S』?」 責任者がニコニコと笑うとキーボードを弾く。 「そうだ。 それでこの動画では、なぜかベビーシッターがこのセーターをシーズン通して着ているんだが、そのシーンの25話分全部を13倍速で繋げて観てみると…」 カリーの大きなグリーンの瞳が見開かれる。 「『N・E・X・T・S・U・N・D・A・Y・R・E・T・U・R・N・T・O・A・M・E・R・I・C・A』…これって『Next Sunday return to America』って言ってるの? つまりチーフに来週の金曜の夜便では無くて、日曜日に変更しろと?」 「だろうね。 それ以外この動画から得られる情報は無いよ」 「ありがとう! 早速チーフに電話するわ。 あなたはこの繋いだ映像をチーフのパソコンに送信して!」 「了解!」と責任者は返事をすると 言いずらそうに続ける。 「事件とは関係無いと思うけど…一つ気になる事があるんだ…」 「え?」 ロンドン、23時30分。 「弟よ」 という声でジョンがリビングの入口を見ると、マイクロフトが立っていた。 シャーロックはイヤホンをして、まだ動画を見続けている。 仕方無くジョンが立ち上がり、マイクロフトの元へ行く。 「マイクロフト、何か?」 「ああ、ジョン。 シャーロックに、もう動画の謎は解けたと言ってくれないか? 私の声は耳に入っていないだろう」 「謎が解けたんですか!?」 驚くジョンにマイクロフトが重々しく頷く。 「ああ。 30分前にケイン警部補から連絡が来た。 マイアミデイド署のCSIが動画に隠されたメッセージを発見した。 それはケイン警部補の帰国を来週の金曜日から日曜日に変更しろというメッセージだった。 そこで私とケイン警部補が協議して、表向きはケイン警部補は日曜日に帰国するように諸々の手配の変更をした。 そしてこの後、犯人からの反応を見て、ケイン警部補と帰国日を随時検討することになった。 ケイン警部補も英国政府もテロリストとは取引をしないのでね。 今、レストレード警部率いる捜索班が、ロンドン市内に爆発物が設置されていないか確認しているところだ。 そういうことでジョン、シャーロック、協力をありがとう。 もうその動画については解決した」 ジョンがホッと息を吐く。 「そうですか! そりゃあ良かった! シャーロックに伝えます」 「それから、ジョン」 「はい?」 「ディーン・ウィンチェスターさんの捻挫を診てやってくれないか? 夜の診療はまだだろう? ケイン警部補が気になさっている」 「あ、はい! 今行きます」 「頼んだぞ。 それでは失礼」 「ええ、また!」 ジョンがくるっと振り返りシャーロックを呼ぶ。 だがシャーロックから返事は無い。 ジョンが足早に、パソコンの画面をじーっと見つめているシャーロックの元に行き、音声を切る。 途端にシャーロックが画面を見たまま鋭い声を上げる。 「何をするんだ!?ジョン!」 「聞こえてないからさ」 そしてジョンは先程マイクロフトから聞かされた伝言を伝えた。 シャーロックは明らかに不満顔だ。 「それで? どうやってCSIはメッセージを見つけたんだ?」 「知らないよ。 マイクロフトはそこまで詳しく話して行かなかった。 じゃあ僕はディーンの捻挫を診て来る」 それだけ言うと、医療鞄を持ちさっさとドアに向かうジョンにシャーロックが大声で訊く。 「ジョン! 君は気にならないのか!?」 「ならない」 「なぜ!? 僕の推理より早く答えが出たんだぞ!?」 ジョンがため息をつきながら立ち止まり、振り返る。 「あのなあシャーロック。 あっちは最新科学で捜査してるんだぞ? 動画の解析なんかお手のもんだよ。 そんな捜査と競ってどうする? それより僕は今日疲れてる。 夕飯もまだだし、早く食事とシャワーを済ませて寝たいんだ」 シャーロックは「絶対にまだ何かある」と断言すると、リビングを出て行くジョンを見送りもせずパソコンの音声をONにした。 ジョンが自分の寝室をノックしようとすると中からクスクス笑う声と、「もうキスは終わりだ」というホレイショの声が聞こえた。 思わずジョンの手が止まる。 「何で? まだいいじゃん…」 チュッというリップ音と甘ったるいディーンの声。 「ドクターが来る。 きっともうドアの前にいる」 ビクッと身体が揺れるジョン。 「ドクターは野暮な男じゃないぜ? なあ~ホレイショ~俺今日頑張っただろ~?」 「わがまま王子様、そこまでだ。 どうぞ、ドクターお入り下さい」 「はっはいっ!」 仕方無くジョンがそっとドアを開ける。 ディーンはベッドに横になっていて、ディーンの横に屈んで座るホレイショの首に回していた腕を解くと、「ちぇっ」と拗ねたように言った。 ホレイショがディーンの髪をくしゃっと撫でて、「続きはシャワーの後だ。但しドクターの許可が出れば」とディーンの耳元で囁くと、さっとベッドから降りる。 「すみません、ドクター。 お見苦しいところをお見せして。 それにこんな深夜に診察をして頂いてありがとうございます」 ホレイショが済まなそうに微笑む。 お、男前だなあ…!! ジョンはドギマギしながらも何とか冷静に「いえ、医者の務めですから」と答え、「ディーン、足を診るよ」と一言付け加えると掛け布団を捲る。 ディーンはぷっくりとした唇を尖らせ「…オネガイシマス」と棒読みで答える。 だがジョンが包帯を解き湿布を剥がし、「もう腫れは引いたね。痛みが無ければ明日一日安静にしていれば治療は終わりだよ」と言うと、嬉しそうに「ホントに!?」と弾んだ声を上げ上半身を起こした。 そして子供のようにニコニコ笑うと、「ホレイショ!聞いた?」とホレイショを見上げる。 ホレイショはごくごく自然な仕草でディーンの額にキスを落とすと、「勿論だ。良かったなディーン」とやさしく告げる。 そしてくるっと振り返りジョンを見ると、「それで『安静』というのはどの程度の行動が可能ですか?治療は全て終了ということですか?」と冷静に訊いてくる。 ジョンも一呼吸置くと冷静に答える。 「服薬は全て終了です。 ですが湿布は明日中はしていて下さい。 歩くのはゆっくりであれば明後日からの外出の練習にもなるので、このフラット内なら結構です。 風呂はシャワーを短時間で浴びる程度なら大丈夫です。 それと包帯では動きずらいでしょうから、このサポーターを湿布の上から使用して下さい。」 ジョンが医療鞄からサポーターを取り出してベッドに置く。 それをパッとディーンが掴む。 そしてジョンに向かって「サンキュ!ドクター!」と言ってにっこり笑う。 きらきらきら。 ま、眩しいっ…! ディーンの笑顔だけで無く、この空間が眩しい! ジョンは心の叫びをごっくんと飲み込み、「何か問題があればいつでもお呼び下さい!」と早口で言うと、素早く医療鞄を掴み、そそくさと自分の寝室を後にした。 それからジョンの食事中にホレイショがやって来て、ジョンとシャーロックのシャワーが終わったら二階の浴室を借りたいと言って来た。 ジョンは自分はまだ食事中だし、シャーロックもパソコンに齧り付いたままなのでお先にどうぞと答えた。 そしてホレイショが礼を言って去り、ジョンが食事を再開すると、ディーンの得意気な「ほらな!ドクターは野暮な男じゃないだろ?」という声と「わがまま王子様には誰も勝てないな」というホレイショの笑いを含んだ声が廊下から聞こえた。 ジョンが自然と耳を澄ましていると、どうやら二人は一緒にシャワーを浴びるらしい。 パタンと浴室のドアが閉まる音がする。 ジョンは素早く食事を終わらせる。 そしてシャーロックの食事を冷蔵庫に仕舞い、洗い物を済ませ、短時間のシャワーならと自分が言ったのだからもう二人はシャワーは終えているだろうと予測を立ててリビングから廊下に出ると、浴室からは物音ひとつしていない。 ジョンがホッと胸を撫で下ろしていると、「…あぁっ…い、意地悪すんなよっ…」とディーンの甘ったるい、それでいて切羽詰まった声がした。 ふと自分の寝室を見るとドアがほんの少しだけ空いている。 何で!?どうして!? そーゆーコトをするのならきっちりドアを閉めて下さいよ!ケイン警部補!!とジョンが心の中で叫んでいる最中にも、寝室から声が漏れ聞こえてくる。 『あ、ああん…ッ…ホレイショ…も、出る…ッ…!』 『まだだ。 今ゴムを着けてやる』 『ゴム…やだぁ…』 『ここはドクターのベッドだぞ、ディーン。 これ以上はホテルで空になるまでしてやるから今は我慢しろ。 ほら出来た』 『ん…じゃあホレイショの俺が着ける…』 『ディーン…』 そしてジュルジュルと湿った音。 『こら、ディーン。 フェラは無しだ。 そんなことをするなら自分で着ける』 『…んんっ…おっきくて…硬い…欲しい…ホレイショ…』 『わがまま王子様。 俺を本気で怒らせると明日からもベッドの中になるぞ?』 『分かったよ…!もう! じゃあこうやって着ける…』 『ディーン…悪い子だ…どこでそんな真似を覚えた? 白状させてやる』 『…ヒッ…アアッ…あーっ…』 「口でゴムを着けるのか。 器用だな。 ディーン・ウィンチェスターは」 突然頭上から声が降って来てジョンが飛び上がる。 「シャーロック!?」 シャーロックは平然と片目だけの双眼鏡でドアの隙間から部屋の中を覗いている。 「何してるんだよ!?」 「二人の行為を観察している」 「君はパソコンの動画を観ている筈だろう!?」 「ジョン。君は医者だろう? 僕は人間だ。 生理現象があることぐらい分かるだろう? トイレに行こうとしたら廊下に突っ立っている君がいたので、君に声を掛けようとしたらディーン・ウィンチェスターの声がしたから立ち止まった。 そうしたらホレイショ・ケインの声もしたので空いてるドアから中を覗いた。 僕の考えではドアはわざと空けてある。 僕達に聞かせる為に」 「なぜ!?」 ジョンがキッとシャーロックを見上げる。 シャーロックは眉ひとつ動かす事無く続けた。

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