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第6話
「ディーン・ウィンチェスターは快楽に酔っているようだが、ホレイショ・ケイン程の切れ者がドアが空いている事に気が付かないとは考えにくい。
きっと僕達が覗いているのも気配で勘づいている筈だ。
それにディーン・ウィンチェスターにもホレイショ・ケインにも露出癖は無いことは今迄の人物観察から分かる。
だが彼等は行為を続けている。
なぜか?
僕達に聞かせることにしたからだ」
ジョンがカーッと真っ赤になる。
「ぼ、僕は覗いていないぞ!」
「でも聞いてる」
「馬鹿馬鹿しい!
第一僕は…」
「ジョン、静かにしろ。
ホレイショ・ケインがドアを閉めに来るぞ」
慌てて両手で手を押さえるジョン。
シャーロックは興味深そうにうんうんと頷きながら覗き見を続行している。
するとディーンの甲高い声がした。
『…アアッ…!出るッ…出ちゃう…イくッ…ホレイショ…!』
『…俺もだ…出せ、ディーン』
ディーンの声にならない感極まった気配が空気を震わせジョンに伝わってくる。
茹でダコの様に真っ赤かになるジョン。
シャーロックは望遠鏡を覗きながら、「ふうん。キスしながら達し合うのか。興味深い」とまるで昆虫の観察でもしている様だ。
だがジョンは気付いてしまった。
シャーロックが勃っていることを。
ジョンが振り返りシャーロックの横を通り過ぎ浴室へと向かう。
その腕をシャーロックが掴む。
「ジョン?」
ジョンが顔だけで振り返る。
子供の様に目を丸くしてジョンを見る淡いブルーのシャーロックの瞳。
その瞳には純粋な疑問だけが浮かんでいる。
シャーロックに掴まれた腕がチリチリと痛い。
「な…なに?」
「何処に行く?」
「シ、シャワーだよ!
そもそも僕は浴室に行こうとしてたんだ!」
「あの二人は風呂も一緒に入ったのかな…?」
「知らない」
「嘘だ」
「何で!?」
「ジョン、君が嘘をつく時の顔を僕が分からないとでも?
君のその反応からして二人は一緒にシャワーを浴びた。
よし、僕達も一緒に入ろう」
「……は?
な、何で…?」
「答えが知りたい。
さあ行くぞ」
「ちょっ…待て待て待て!」
「待たない」
「何の答えだよ~!?」
シャーロックは無言でずるずるとジョンを引き摺って浴室へと向かった。
しかし…。
浴室では裸で棒立ちになってシャワーのお湯を浴びているだけのジョンとシャーロックがいた。
シャーロックはさっさと自分の服を脱ぐとジョンの服も脱がしてくれたが、それは『早さ』がメインでロマンチックでは無いどころかジョンは追い剥ぎにでも遭った気分だ。
ジョンは仕方無くシャンプーを手に取ろうとして、見慣れないお洒落な小瓶がズラッと並んでいるのに気が付いた。
一つを手に取ってみる。
シャンプーらしい。
『百合の香り』と追記されている。
「君が買ったの?」
ジョンがポツリと言うとシャーロックは「僕じゃない。僕はそんな小さなシャンプー1本に14ポンドも使わない。君ももっぱら安価なポンプの詰め替えを使っている。あの客人達の為にマイクロフトが用意したんじゃないか」と淡々と答え、普段使いのシャンプーを手に取るとわしゃわしゃと髪を洗い出す。
ジョンは試しに手にしているシャンプーの蓋を開けてみた。
本物の百合の花の香りがふわっと鼻腔をくすぐる。
「良い香りだなあ…」
ジョンが思わずうっとりと言うとシャーロックが「君も使えばいい」と言った。
「君にも百合の香りは似合う」
シャーロックは至極真面目に言い切るが、頭はモコモコの泡だらけでジョンは笑ってしまった。
何だかギクシャクしていたのが馬鹿らしくなってしまったのだ。
「そうだね。
使わせてもらうよ」
ジョンもシャンプーを手に垂らし髪を泡立てる。
「…ジョン、そんなに泡立て無くても…。
君は頭が小さくて丸いから帽子を被っているみたいだぞ」
「君こそメデューサみたいだ」
「何だと!?」
ジョンがあははと笑う。
「まあ良いじゃないか。
僕は今夜はこの百合シリーズを使わせて貰う。
ついでに君の背中くらい洗ってやるよ」
「……そう、か…」
シャーロックの口角が上がったのをジョンは見逃さなかった。
それから二人はお互いの身体を洗いあったりして、『恋人らしい』シャワータイムを久々に満喫した。
シャーロックはホレイショとディーンの行為を覗き見してからずっと勃っていたので、そこに触れないのは逆に不自然かとジョンは思い、身体を洗ってやったついでのように自然にシャーロックの雄に触れ、軽く扱いてみるとシャーロックは白濁を放った。
そしてシャーロックからも、ジョンの身体を洗うついでのようにジョンの雄に触れてきた。
ジョンは驚いたが嬉しさが勝って、シャーロック同様直ぐに白濁を零した。
ジョンがイき際にシャーロックにしがみつき、「…アアッ…シャーロック…!」と声を上げると、シャーロックに抱きしめられ唇を塞がれた。
これにはジョンは嬉しさを通り越し、驚きの余り伏せていた瞼を開けてしまった。
目の前に瞳を閉じたシャーロックの顔がある。
すると小さく空いていたジョンの口の隙間からシャーロックの舌が入って来た。
ジョンは慌てて瞼を閉じてキスに集中する。
シャーロックが探り探りなのでジョンはちょっぴり悪戯心を出してリードしてやると、シャーロックは直ぐに舌使いを覚えジョンは返り討ちに遭った。
そしてキスをしながらお互いの雄に指を使って同時に達した。
午前2時。
ジョンはジョンをがっちり抱きしめてすうすう寝息を立てているシャーロックの腕から抜け出し、キッチンに向かった。
喉が乾いていたのと、喜びで胸が踊って寝付けないのでビールでも飲もうかと思ったからだ。
二度目に達した後、二人はまたお互いの身体を洗いあった。
シャーロックは終始機嫌が良くて、鼻歌混じりでジョンの身体を例の百合の香りのボディーソープで泡だらけにして笑っていた。
そして二人は同時にシャワーを終えてジョンがバスタオルで身体を拭こうとしていると、シャーロックから「拭いてやる」と言われ丁寧に身体を拭いて貰った。
そしてシャーロックも拭いてやろうとするジョンに、「君は小さいから大きい僕は面倒だろう?」と親切なのか失礼なのか分からない発言をされ、シャーロックは自分の身体はパパッと拭くと「さあ氷水でも飲もう」と言ってジョンの手を掴みキッチンまで一緒に行き、ジョンが作った氷水を一気に飲み干すと「眠たい。寝よう」と言って、まだ氷水を1/3しか飲んでいないジョンの手をまたまた掴んで一緒にベッドに入った。
そしてシャーロックはジョンを抱きしめると直ぐに眠りに落ちた。
ジョンは嬉しくて堪らなかった。
というか、この悩みまくった数週間は何だったんだ???というほど呆気なく恋人に戻るどころか、前進までしている二人の関係が嬉しくもあり、疑問もあった。
だが今夜のシャーロックの態度で、そんな疑問はどうでも良くなる。
ジョンが一番嬉しいのはシャーロックが、そして二人が、終始笑顔だったことだ。
シャーロックらしからぬ指使いやキスについては、きっとディーンとホレイショの行為を覗き見したのを真似したんだろうと確信していたが、浮かれているジョンにとってそんなことはどうでも良い。
ジョンがうきうきと冷蔵庫を開け、ビール瓶を一本取り出し蓋を取って幸せを噛み締めながらぐびぐびと飲んでいると、暗がりから「ドクター」と囁き声がした。
ジョンは驚かなかった。
相手が分かっているからだ。
「ディーン、何してるんだ?」
シンクの明かりがパッと点く。
ディーンがシンクに凭れ、ニコニコ笑って缶ビールをジョンに翳した。
「喉、乾いちゃってさ。
ホレイショがノンアルコールのビールを買っておいたって言ってくれたから」
淡い明かりに照らされる白い絹のパジャマを着たディーンは、まるで触れると消えてしまいそうな儚い美しさだ。
ほうっと見蕩れるジョンにディーンはまた話しかける。
「ドクターは?
良いことあったんだろ?
浴室でイチャイチャしてたもんな~」
ジョンが今度はサーッと青ざめる。
「ななな何のことかなっ!?」
ディーンはノンアルコールビールを一口飲むとクスッと笑った。
「だって俺達のこと、覗き見してたろ?」
「ししししてないよっ!
僕は聞こえてしまっただけなんだ!」
「うん。
それは分かってる。
覗いてたのはシャーロック・ホームズさんだよな」
ジョンはぐびぐびとビールを飲むと口元を手でぐいっと拭いて言った。
「君達がちゃんとドアを閉めないからだろう!?」
「わざとだよ、わざと。
シャーロック・ホームズさんがそう言ってなかった?」
「……言ってたけど…は?わざと!?
何でそんなことしたんだ!?」
「シーッ!ドクター、声がデカいって。
ホレイショもシャーロック・ホームズさんも起きちまう。
ホレイショ、明日も朝が早いんだから!」
「ご、ごめん!」
パッと片手で口を押さえるジョン。
ディーンがニコッと笑って続ける。
「ホレイショの発案じゃないぜ?
そこは間違えないでくれよ?
ホレイショは俺に付き合ってくれただけ!
いい?」
うんうんと頷くジョン。
「だってさ…折角ロンドンまで来たってのに、俺がドジして捻挫なんかしてホレイショとエロいこと全然出来なくて…。
そしたらドクターが診察してくれて歩いても良いって言ってくれたから、ホレイショと一緒にシャワーして良い雰囲気になったのに…ホレイショってば『立ち続ける姿勢は足首に良くない』とか言ってさ~。
明後日の月曜日の夜に、講演会主催のレセプションパーティーがあるじゃん?
それに俺を連れて行きたいから無理させたく無いって言うし…。
じゃあ俺が寝てれば良いんだろって言ってベッドでコトに及んだワケだけど…あ、セックスはして無いぜ?
ただの抜き合い!
『ドクターの寝室で不埒なことをするのは失礼だ』ってホレイショがうるさいからさ~」
充分不埒ですよ!ケイン警部補!
とは言えないジョンはまた頷く。
「それで閃いたんだ!
ちょこっとドアを開けといて雰囲気だけでも伝えたらドクターとシャーロック・ホームズさんに良い刺激になるんじゃないかって!
ホレイショが反対するかなって思ったんだけど…ほらホレイショって常識人じゃん?
でも他ならなぬドクターの為ならってOKしてくれたんだ!
ホレイショってマジやさしいんだよなぁ~」
君に弱いだけだと思うよ!?
とも言えないジョンはまた頷く。
「で、ドクターなら覗き見はしないだろうけど、シャーロック・ホームズさんなら絶対覗くと思ったんだ!
あの人、好奇心の塊だろ?
そしたらドンピシャ!
俺の作戦は成功してドクターとシャーロック・ホームズさんはシャワーを浴びながらイチャイチャ…いやー良いことするとノンアルコールでも酒が美味いよなっ!」
ジョンは口を抑えていた手を外すと恐る恐る訊いた。
「…何で浴室のことを知ってるんだ?」
ディーンがパチンとウィンクする。
「だってドクターもシャーロック・ホームズさんも声が大きいから!」
きらきらきら。
ディーンのウィンクに撃ち抜かれ、これまたディーンの「声が大きいから!」発言で頭をハンマーで叩かれた様なショックを受けたジョンは次の瞬間目の前が真っ暗になった。
あれ?
僕、気絶してる…?
だがディーンの「停電だ!」という声で我に返る。
その時、真っ暗闇のロンドンに、稲妻がいくつも走ったのだった。
「うわ~怖かったねー!
私、雷嫌い!
でも停電も雷も1分くらいで終わって良かった~!」
五つ星ホテルのペントハウスで、クッションを胸に抱いてソファに転がりチャーリーが言う。
ロウィーナは何も無い空間に手を伸ばし、何やら呪文を唱えている。
チャーリーがヒョイっと起き上がる。
「ロウィーナ、何してんの?
あ、もしかして停電直してくれたのってロウィーナ?」
「ちがーう!
雷も停電も彼の仕業よ!
どうして!?
あの性格からして二〜三日は落ち込んでる筈なのに…!」
「…彼?
もしかしてロウィーナの彼氏!?
紹介してよ!」
「ちがーう!
この呑気な小娘が!
彼よ彼!
ここはマイアミでも、ましてやフロリダ州でも無いのッ!」
「…まさか…」
ロウィーナがジロッとチャーリーを睨め付ける。
「そう、キャスよ。
カスティエルがロンドンに来たわ…!
しかも本気を出してね」
「ディーン!大丈夫か!?」
「ホレイショ!」
ホレイショにぎゅと抱きしめられるディーン。
そして窓辺ではジョンとシャーロックが並んで街並みを見下ろしていた。
「停電がすぐに直って良かったよ」
「ああ、ジョン。
それにしてもあの雷は何だったんだ?
あんな気象状況は『精神の宮殿』にも記憶されていない」
「じゃあ凄く珍しいんだな…」
「ああ」
「…君が…雷より停電より僕を気にしてくれたのも珍しいな」
「なぜ?
僕はいつでも君が最優先事項だ」
「…そうなのか?」
「そうだ」
ジョンを見てキッパリと告げるシャーロックに、ジョンが背伸びをしてシャーロックの頬にキスをする。
シャーロックは一瞬目を見張り、ジョンを抱き寄せ唇にキスを落とす。
その数メートル後ろでは…。
「ほらなホレイショ…俺の作戦は成功だろ?」
「そうだな。
君の無邪気な作戦は成功だ。
ほらベッドに戻ろう」
ホレイショがすっとディーンを抱き上げる。
ディーンがホレイショを上目遣いで見る。
「不埒なことはしないんだろ?」
「そうだ。
不埒なことは、な」
ディーンがクスクス笑ってホレイショにしがみつき、ホレイショの唇に小さくキスをする。
ホレイショがやさしく微笑み、ディーンをお姫様抱っこをしたまま、スタスタと寝室に向かって歩き出す。
幸せな四人は知らない。
221Bの屋上に、巨大な羽を広げたトレンチコートを着た天使が居ることを。
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