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第7話

コンコン。 力無いノックの音がしてチャーリーがビクッと身体を震わす。 「…ロウィーナ…」 心細そうにロウィーナを見るチャーリーに、ロウィーナが力強く頷き、「鍵は開いてるわ」と毅然とドアに向かって言う。 ドアが静かに開く。 チャーリーが途端に笑顔になる。 「な~んだあ、サムじゃん! 緊張して損した~。 でもサムもロンドンに来たの? 何で?」 だがチャーリーの笑顔は凍りつく。 サムはいつも完璧にセットしているプリンスヘアはボサボサだし、定番のネルシャツもジーンズも火事に遭った様にボロボロで、顔色は真っ青で唇にも色が無い状態だったからだ。 「…サム! 何かあったの!?」 慌ててサムに近寄ろうとするチャーリーにロウィーナから、「サムから離れていなさい!私の後ろに来るのよ!」と厳しい声が飛ぶ。 チャーリーがダッシュでロウィーナの後ろに回る。 ロウィーナが「伝言を聞こうじゃないの」と言って、ホテルの備え付けのペンとメモを床に滑らす。 サムの目の前で、ペンとメモがピタリと止まる。 サムがまるで錆びついたロボットの様にぎこちなく動き、しゃがむ。 そしてサムはギギギと軋む音がしそうな固い仕草でメモとペンを掴むと、ペンを拳で握って幾つかの単語を書き、ロウィーナとチャーリーに向かってメモを滑らす。 メモはロウィーナとチャーリー、サムの間で止まった。 ロウィーナが赤いドレスを翻して颯爽と歩き、メモを拾うとフンと鼻を鳴らす。 「『私に何をした?』 何のこと? あんた達の乱交パーティーに私が混ざってたとでも言う気?」 ロウィーナがまたメモを、しゃがんだままのサムに滑らす。 サムがぎこちなく動き文字を書く。 そしてまた床に滑らす。 そしてまたロウィーナがメモを拾う。 「『じゃあなぜ乱交パーティーがあったと知っている?』 『私達に何をした?』 『それにディーンに何をした?』 『なぜ私がディーン近づけない?』…全く! 質問は一つずつにして欲しいけど、あんたが依り代にしてるヘラジカが可哀想だから、教えてあげるわ。 乱交パーティーはファーガスから聞いた。 そう、クラウリーが自慢してきたの。 あの『大きい方』と『天使』は俺様に気があったらしいって。 私はお酒を差し入れしただけよ。 ディーンに置いてきぼりにされたあんた達が可哀想で。 納得してても寂しさは変わらないものだからね。 天才魔女ロウィーナのやさしさよ。 ディーンには、ディーンとホレイショが無事に旅行を楽しめるように事故避けのまじないをかけただけ。 あんたがディーンに近付けないのは、今のあんたは事故を起こす可能性があるからじゃない? それと」 ロウィーナがコホンと咳払いをして、一旦言葉を切る。 「ディーンとホレイショがお互いを愛していれば、事故避けのまじないは最高の働きをする。 だからあんたが本気を出しても、ディーンがいる建物に降り立つことしか出来なかった。 でしょ? あんたがどんなに強い天使でも、この私のまじないは破れない。 私にさえ近付けない、電話も出来ない、だからサムを依り代にして寄越した。 ディーンとホレイショに強引に近付けば、どんな災いが降りかかるか分からないわよ~? それにホレイショを止められるのは神だけ! 以前にも話したと思うけど、ホレイショが爆弾処理班に居た時助けた双子の母親の依頼で、この私が怪物・悪魔・天使ついでに賢人避けのまじないをかけ続けて、その影響はフロリダ州全土に及ぶ程よ。 だからさっさとカンザスに帰りなさいな。 そのヘラジカを連れて」 ロウィーナが話し終わり、やれやれと手を振った次の瞬間、サムが「Noー!」と叫んだ。 そしてその場で、骨の無い粘土の様に、ぐにゃりと倒れた。 チャーリーが「キャーッ!」と悲鳴を上げる。 そしてロウィーナがチャーリーが見開いた目の前から消えて、サムに触れる程近く現れた瞬間、サムの周りから火の手が上がった。 チャーリーが叫ぶ。 「ロウィーナ、何したの!?」 「聖なるオイルよ。 キャスがディーンと私とあんたにも近付けなくて、サムを急遽依り代にして寄越したって訳。 サムは人間だから、キャスが本気を出してカンザスから共に飛んで連れて来させられて、ボロボロになってしまった。 サムから天使の影響が消えれば、聖なるオイルから出られる筈。 それまで待つしか無いわ」 冷静に言い切るロウィーナにチャーリーが駆け寄る。 「で、でもっ…! 今迄だってキャスは他の人間を瞬間移動させてたけど、こんなふうにしたこと無かったわ! それにこんなサムを放っておくの? 死んじゃうかも!」 ロウィーナがチャーリーの頬を流れる涙を、そっと拭う。 そしてやさしく言った。 「それはね…今迄はキャスが人間に最大限の注意を払って飛んでいたからよ。 でも今のキャスは違う。 サムの命より、なぜ自分がディーンに近付けないのか?連絡すら取れないのか?その疑問で頭が一杯で、早さが優先された。 そして自分の代わり…つまりサムの意識を奪い、自分の恩寵をサムの脳に植え込んで依り代にした。 器にするんじゃ無いから同意もいらないしね。 サムを依り代にしたからには、聖なるオイルで囲まれていることもキャスに伝わっているわ。 そうなったらサムは依り代としての価値が無くなる。 それでキャスが諦めてくれれば、サムは元の人間のサムに戻れる。 そうすれば私のまじないでサムを癒して、キャスも近付けないように出来る。 でもキャスがサムから恩寵を自分に戻さなければ、サムはキャスの壊れた分身のままよ」 「そんな…! でも…あれ…? ロウィーナ!私にもまじないをかけてたの!?」 チャーリーの涙がピタッと引っ込む。 「そうよ。 当然でしょ」 ロウィーナがそう言って優雅に掌をくるりと回すと、扉がひとりでに閉まった。 チャーリーがロウィーナに噛み付く。 「ちょっと! 聞いてないよ!? 私はディーンとホレイショのイギリス旅行中に、インターネット関連が必要になった時の保険でしょ? だから昨日の午前中にディーンから 電話で、『俺が合図を出したら、俺が考えた脅しのメッセージ付きエロスの館の第3シーズン全話をジョン・ワトソンのパソコンに送信してくれ。制限時間を18時間にしたカウンターもよろしく。』って頼まれて、ディーンから合図が来たからワトソンのパソコンをハッキングして送信したわ。 ロウィーナもディーンの頼みを叶えてやれって言ったじゃん! そういう仕事の為に呼ばれたのに、何で勝手にまじないなんてかけたのよ!?」 「こういう事態を避けたいから!」 ロウィーナが忌々しげに、炎に囲まれたサムをビシッと指差す。 「私の事前の占いでは、乱交パーティーの後、サムは落ち込むけど一晩寝れば事故に遭ったとでも思おうと立ち直る、クラウリーは自惚れる、キャスは三日落ち込み三日引きこもる、だったの。 そして三人共、ディーンには内緒にしておこうと意見が一致する。 そこにディーンのご帰還で皆ハッピー!ってなる筈だったのよ! でも私がどんなに天才魔女でも占いは占い。 未来はどう転ぶか分からない。 だから三人が私達に近付けない、電話すら出来ないまじないをかけた。 あんたをディーンとホレイショのイギリス旅行の間のサポート役として、五万ドルで雇った瞬間に骨に刻んでおいたの」 「骨!?」 「いちいち叫びなさんな! サムとクラウリーだけならそこまでしなくても良いけど、天使のキャスがいるからね。 用心深さも賢さの一部よ、チャーリー。 良く覚えておくのね。 勿論、ディーンがホレイショとのイギリス旅行を無事に終えてカンザスの基地に帰れば、あんたにかけたまじないも解いて骨も再生してあげるわ。 だけどどうやらキャスを甘く見てたみたいね…。 まさかサムを依り代にするとは…」 チャーリーがへたっとソファに座る。 そして独り言の様に言った。 「依り代ってそんなに大変なの?」 ロウィーナも一人がけのソファに座ると、ワイングラスに赤ワインを注ぎながら「そうよ」と答える。 「キャスの依り代ということは、天使の速度で動くということよ。 全ての行動の基準が天使になる。 このままではサムはキャスの伝書鳩になるだけじゃない、飲まず食わずで眠らなくなる。 一週間もすれば死ぬわね」 「そんな…! ロウィーナ、何とかならないの!?」 「言ったでしょう。 依り代にしたキャスが諦めて、サムの脳内から恩寵を自分に戻すしか無いわ」 チャーリーが意味深な目付きでロウィーナを見る。 「ロウィーナ…さっきサムっていうかキャスに嘘ついたじゃない? 本当のことを言っちゃえば? 乱交パーティーを仕組んだのは私ですって。 まじないも事故避けじゃなくて愛のまじないだって。 そしたらキャスの標的はロウィーナになって、サムから興味を無くすんじゃない?」 ロウィーナがホホホと高笑いする。 「そうしたらあんたも共犯と思われるわよ? 今のキャスはディーンのことで頭が一杯で、逆に頭のネジが飛んでる状態よ。 私はキャスから逃げる自信があるけど、あんたはどうかしら? もし骨に刻まれたまじないを見つけられたら…骨ごと削り取られるかもよ~?」 チャーリーが「マジか…」と深いため息をつく。 ロウィーナがワイン一口飲むと続ける。 「それに今のキャスは他人の忠告になんて耳を貸さないわ。 サムでさえこの状態なのよ? つまりディーンに家族と認めてられるあんたでも無理ね。 たぶんキャスを説得出来るのはディーンしかいない。 でも今のディーンはホレイショと『最も真なる愛の魔法』で繋がっているから…。 元々愛し合ってる二人を最も強固な絆で結びつけるまじないで、二人の間を割こうとする者には災厄が降りかかる。 どちらかを恋愛対象として愛している者は二人には近付けないし、物理的攻撃からも完璧に守られている最強のまじないだし、魔術を使ってまじないをかけた私にも解けないし、マイアミに二人が『幸せ』に帰るまで消えないし…。 あーやだやだ! 辛気臭い! こうなったらケ・セラ・セラで行こうじゃないの!」 ロウィーナがグイッとワインを飲み干す。 チャーリーがロウィーナを見据える。 「この際、全部話してよ!」 「全部って何よ?」 ロウィーナが面倒くさそうに言って、またグラスに赤ワインを注ぐ。 「私がワトソンに送信したエロスの館の動画に、何のまじないをかけたの?」 「それね」 ロウィーナが素っ気なく言って話し出した。 「ディーンが、シャーロック・ホームズが童貞のせいで恋人のジョン・ワトソンとの初体験が上手くいかないらしい、何とか初体験を成功させてやりたいから、エロスの館の第3シーズンの全話をワトソンのパソコンに送信してやってくれって言って来たでしょ? 何でも第3シーズンは、今迄ベビーシッターとヤリまくってたピザ屋の配達人のアソコが勃たなくなって試行錯誤しながら…まあ色んなプレイを試しながら立ち直るシーズンだからって。 それに物騒な煽り文句とカウンターを付ければ、シャーロック・ホームズなら釘付けになるからって」 うんうんと頷くチャーリー。 「でもねえ…」 ロウィーナがふうっとため息を付く。 「ホレイショが居なければそれで良かったかもしれないけど、『ホレイショの恋人』のディーンは無邪気過ぎるのよね…。 そうなったらホレイショがCSIを動かすっていう重要な要素を忘れてる。 だから単にポルノが送られて来たんじゃないって要素が必要不可欠なのよ。 それでベビーシッターの着てるセーターに、日曜日に帰国を変更しろっていうメッセージをまじないで仕込んでおいて真実味を出したの。 まあどうやってCSIが見破るのかは知らないけど。 でもマイアミのCSIならきっと見破る。 そうなったらプライドの高いシャーロック・ホームズは、もっと意地になって他の証拠を探そうとする。 まあ他に証拠なんて無いけどね。 でもその探究心が、ワトソンとの初体験が無事に終わるまで持続するまじないもかけておいたの。 そしてあの様々なプレイの詰まったポルノを繰り返し見れば、セックスの勉強にもなってワトソンとも上手くいく! どう? 完璧でしょ?」 「うーん…でもさあ…」 腑に落ちない顔のチャーリーを、不満気にロウィーナがジロッと見る。 「何よ?」 「そりゃあ勉強にはなると思うよ? でもロウィーナは恋愛を分かってない! 結局行動に移すか移さないかは、失敗を恐れない愛情だよ!」 「だから! その動機付けにあのポルノを観るんでしょうが!」 「あんなくだらないポルノ観て、その気になる!?」 「なるでしょ!? ディーンだってそう考えたんだから!」 「ディーンは今、頭がお花畑状態なんだよ!」 二人がギャーギャー言い合っていると、「…チャーリー…?ロウィーナ…?」と呻き声がした。

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