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第8話
二人がパタッと口を閉じる。
そして二人が同時にバッと扉の方を見る。
そこには、サムが聖なるオイルの炎の中から、「…助けてくれ…」と手を伸ばしていた。
チャーリーがパッと笑顔になる。
「サム!
元に戻ったの?」
「…ああ、そうだよ。
だから…オイルを消してくれ…」
「分かった!
…って聖なるオイルってどうやって消すんだっけ?
ロウィーナ?」
ロウィーナがチャーリーを無視してサムを睨み付ける。
そして厳しい声で言った。
「下手な芝居は止めるのね!
私を騙せるとでも思ってるの?
本物のサムだと言うのなら、聖なるオイルを越えてくればいい。
さあ、越えなさい!サム!」
サムが歯ぎしりしながら呻く。
「…おのれロウィーナ…!
お前こそ私に勝てるとでも思っているのか…!?」
「勝てるわよ、キャス。
それより60秒以内にサムから離れなければクラウリーを呼ぶわ。
そしてサムを聖なるオイルの炎で包んで、地獄の檻に放り込む。
それからクラウリーに聖なるオイルを消させる。
サムは元々ルシファーの器になる身体の持ち主だから、あんたに乗っ取られている苦痛から逃れる為に、ルシファーに『YES』と答えてしまうかもね。
さあ、どうするの!?
あと50秒を切ったわよ!」
サムとロウィーナの視線がぶつかり合った。
ディーンが翌朝目覚めると、隣にホレイショは居なかった。
ベッドサイドのテーブルに
『寝顔が可憐な王子様へ。
仕事に行ってくる。
食事はドクターに頼んである。
午後には戻るからいい子で待っていれくれ。
H』
と書かれたメモがあった。
ディーンが顔を赤らめる。
「なんだよ…可憐って…。
俺は男だっていうの!」
そして「帰りは午後か…」とポツリと呟くと、ホレイショが寝ていたシーツにころんと転がる。
シーツは冷たくて、ホレイショは随分前にベッドを出たんだとディーンに教える。
ディーンは何だか無性に寂しくなって、ベッドの中でぐずぐずしているとノックの音がした。
ディーンが返事をしないでいると、またノックの音がして、「ディーン、起きてる?僕だよ。ジョンだ」という声がした。
ディーンが慌てて起き上がりながら「ドクター?今、起きた」と返事をすると、「開けていい?」とジョンが言った。
ディーンが「うん、勿論!」と答えると、静かにドアが開いた。
ジョンがひょいと顔を出す。
「ケイン警部補に頼まれたんだ。
予定より早く出かけることになったから、朝食が冷めないうちにディーンを起こしてやって欲しいって。
ケイン警部補はやさしいんだな。
どう?食べられそう?」
微笑むジョンに、ディーンが照れ臭そうに「うん」と答える。
ジョンは「支度が出来たら僕達のリビングに来て。朝食の準備は出来てるから」と言うと、また静かにドアを閉める。
ディーンは「ありがとう、ドクター!」と答えると、さっとベッドから下りた。
もうディーンの心から寂しさは消えていた。
ディーンが身支度を終えジョンとシャーロックのリビングに行くと、開け放たれているドアをノックする前に、「やあ!」と笑顔のジョンが現れた。
「おはよう、ドクター」
ディーンのちょっとはにかんだ笑顔が、きらきらと眩しくジョンを直撃する。
ジョンは何とか平静を保ち、「足はどう?それと悪いけどキッチンのテーブルで食事してくれるかな?」と言って歩き出す。
ディーンはジョンの後ろを歩いて、「足は平気。食事はどこでもいいよ」と言いながら、リビングのテーブルでヘッドホンをしてパソコンに齧り付いているシャーロックを横目で見た。
「なあ、ドクター。
シャーロック・ホームズさん、またあの動画観てんの?」
きちんと朝食がセットされたテーブルの前の椅子に座りながらディーンが訊く。
ジョンが眉を八の字にして答える。
「起きてからずっとああだよ。
まだメッセージが隠されてる筈だって言って利かないから、好きなようにさせてる」
「ふうん。
大変だな、ドクターも」
「もう慣れてるよ」
仕方無いとでも言うように肩を竦めるジョンに、ディーンは頷き朝食を食べ始める。
ジョンはディーンの前に座り、マグカップでコーヒーを飲みながらチラチラとシャーロックの様子を伺っている。
ディーンはペロリと朝食を完食し、「僕がやるから」と言うジョンに「なるべく歩きたいから」と言って、使った皿をシンクに運び、ついでに皿洗いまで済ませた。
するとジョンが「お疲れ様」と、マグカップにコーヒーを入れてくれた。
ソファに移動してテレビでも観ようと誘うジョンに、此処でいいからとディーンは答え椅子に座る。
ジョンもまた自分のマグカップにコーヒーを注ぎ椅子に座ると、ディーンが口を開いた。
「なあ、明日のパーティーにドクターとシャーロック・ホームズさんも来るんだろ?」
ジョンが笑顔で頷く。
「ああ、行くよ。
マイクロフトから招待状が来た。
でもシャーロックは行くかどうか分からないけど」
「何で?」
途端にジョンの顔から笑みが消え、深いため息をつく。
「マイクロフトがシャーロックにバイオリンを弾いて欲しいって言っちゃったんだよ…。
何でもストラディバリウスを借りられたとかで。
それにあの動画に夢中だしね。
動画からCSIが見つけた以上の事実でも発見出来れば別だけど。
そう言えば君、ケイン警部補から何か聞いてない?」
ディーンが即答する。
「何も聞いてない。
ホレイショは事件に関しては俺に何も話さないんだ。
『心配させたくない』が口癖みたいなもんだから。
でも帰国する日が変わるかもしれないとは言ってたけど」
「やっばりね…。
そう言えばケイン警部補とはいつ出会ったの?」
「それがさあ…」
そうしてジョンとディーンがホレイショとディーンの出会いから、ジョンとシャーロックの出会いの話に花を咲かせているとディーンのスマホが鳴った。
ディーンが画面を見て「ホレイショの馬鹿っ!」と言って、スマホを裏返してテーブルに置く。
そしてテーブルに突っ伏してしまった。
ジョンが気遣わしげに、ディーンに「どうしたの?」と訊く。
ディーンは突っ伏したまま「……ホレイショからメッセージ…今日は夜まで帰れないんだって…先に夕食済ませておいてくれだって…」と拗ねた口調で言った。
「そ、そうか…。
もしかして捜査について協力しているのかも。
ほら、動画のさ」
「……そんなのどうでも良い…」
「…ディーン…そんなに落ち込まないで。
ええと…そうだ!
午後からちょっと外出しようか?
タクシーを使えば足に負担にならないだろうし。
僕が付き添うから!」
ディーンがチラッと上目遣いでジョンを見る。
「…外出…?」
「そう!
何処か行きたい所ある?」
ディーンがゆっくり起き上がり頬杖をつく。
そうして数秒の後、ハッと目を見開いた。
そしてジョンを見つめ悪戯っ子の様に笑う。
「ドクター、耳貸して。
ドクターにも良い話だと思うぜ?
上手くいけばシャーロック・ホームズさんをパーティーに引っ張り出せるかもしれない!」
「…え!?う、うん…」
ジョンの耳元でディーンがコソコソと囁く。
その内容にジョンがボッと赤くなった。
そうして午前中は、ディーンは午後の『お出かけ』に向けてジョンの指導の元、軽く歩く練習をした。
それから流石に空腹を覚えたシャーロックと、ジョンとディーンの三人で昼食を食べた。
ジョンが午後からディーンの気分転換に外出するからとシャーロックを誘ったが、シャーロックの返事はディーンとジョンの予想通り「行かない」で、ディーンとジョンは目配せをし合った。
そして昼食が終わるとディーンに急かされジョンとディーンは外出し、シャーロックはまたヘッドホンをしてパソコンに向かった。
ディーンとジョンがはしゃぎながら階段を下りて行く音も、外でタクシーを拾って行く音も、シャーロックの耳に届いてはいたが、単に素通りしただけだ。
そうしてシャーロックが動画に集中していると、何かが目の端を掠めた。
トレンチコート…?
とシャーロックが思った瞬間、眩い光がシャーロックに向かって放たれた。
「ディーン…僕、本当にこれ着けなきゃ駄目かな…?」
「何だよ、ドクター!
俺の審美眼を信じろ!」
「…う~ん…」
ディーンとジョンがそれぞれ紙袋を下げて、221Bの階段をわちゃわちゃしながら登る。
そしていつも通り開け放たれている二階のドアに辿り着く。
ジョンの手から紙袋が落ちる。
シャーロックが床に倒れていたのだ。
「シャーロック!」
ジョンが慌てて駆け寄り、シャーロックの首筋から脈を取る。
脈は規則正しく脈打っていた。
ジョンが次に瞳孔を見ようとシャーロックの瞼に手をかけた時、シャーロックがパチリと目を開いた。
そして心外だとばかりに「ジョン、何してる?」と言うと、ふああと欠伸をした。
ジョンのこめかみがピクピクと動く。
「君…寝てたのか?」
ジョンの地を這う声に、「そうみたいだな」とシャーロックはまるで他人事だ。
ジョンが思わず怒鳴る。
「シャーロック!
僕は床に倒れている君を見て心臓が止まりかけたんだぞ!?」
「なぜ?
君は医者だろう?
昼寝と昏倒の区別もつかないのか?」
「何だと!?
君は僕がどれだけ心配したか…」
怒鳴り続けるジョンの肩を、ディーンがポンポンと叩き、ジョンの耳元で囁く。
「ドクター、そんなに怒るなよ。
昼寝で良かったじゃん。
あんまり怒って逆ギレされたら、今夜の作戦が台無しだぜ」
ジョンがハタっと口を噤む。
そして冷製に言った。
「ま、まあ…昼寝で良かったよ。
もう動画は諦めたのか?」
「まさか」
シャーロックが服の埃をサッと払いながら立ち上がる。
「まだまだこれからだ。
それとジョン。
明日のパーティーだが、行くことにしたから」
「えっ!?」
ジョンとディーンの声が重なる。
シャーロックがキョトンと二人を見る。
「何をそんなに驚いている?
それにバイオリンも弾くから」
「えっ!?」
またもや声が重なるジョンとディーン。
「だからなぜ君達はいちいち驚くんだ?
パーティーに行ってバイオリンを弾いてくれと、マイクロフトに頼まれただろう?
あ、そうだ。
マイクロフトにストラディバリウスを持って来させなければ。
僕用に調律しなくてはならない。
失礼」
シャーロックが部屋から出て、スマホを耳に当て話し始める。
ディーンがジョンを肘でつつく。
「やったな、ドクター!
これで今夜の作戦を実行すれば、明日のパーティーの後は間違い無く成功だぜ!」
パチンとウィンクをするディーンに、頬を赤らめ頭を掻くジョン。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ、ディーン。
まだ心の準備が…」
ディーンがまたジョンを肘でつつく。
「ダメダメ!
絶対実行しろよ?
じゃなきゃ俺もやんない」
「君は元々やる気じゃないか!」
「はいはい、そこまでだ」
パンパンと手を叩く音と共に、シャーロックの声が響く。
ジョンとディーンが同時に黙る。
「僕はマイクロフトがストラディバリウスを持って来るまで、動画の解析を再開する。
じゃれ合いは僕の視界に入らないところでしてくれ」
シャーロックはそう言い放つとヘッドホンをして、パソコンに向かう。
ディーンが小声で「じゃあドクターの寝室で今夜と明日のぶんを選ぼうぜ」とジョンに言い、ジョンも「そうだね」と言うと床に落ちた紙袋を拾う。
何だかんだ言ってジョンも楽しそうにディーンと一緒に寝室に向かう。
二人の姿が消えると、シャーロックがパソコンに向かって笑顔で呟く。
「ディーン。
明日迎えに行くから。
待たせて済まない」
と。
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