11 / 21
第10話
「キャスはロウィーナに知られても構わないんだよ!
サムが言ってたように、恩寵をばら撒いてバスケットボールみたく恩寵を移動させれば、ロウィーナは恩寵を追うことで手一杯になる!
それにキャス本人の存在も隠せる!
だって全部キャスの恩寵なんだから、キャス本人を一瞬で見分けるのはロウィーナだって無理でしょ?
キャスはその一瞬を利用する気なのかも!」
ロウィーナがフフッと笑う。
「…一瞬ね…。
キャスにしては良く考えたわね。
それもこれもディーンへの愛のせいだけど。
まずはキャスを見分ける方法を考えなくちゃね」
「出来るの?」
「さあ?
戦って逃げ切る自信はあるわ。
でも勝つとなるとどうかしら?
天使と本気で戦ったことが無いから分からないわ。
それに私はキャスを倒したりしたくないし。
まあその前にディーンとホレイショに掛けた『最も真なる愛の魔法』のまじないのせいで、災厄に襲われキャスは自滅するかもしれないけど」
「うーん…じゃあやっぱりディーンにキャスを説得してもらうしか無いんじゃないかな?」
「それも難しいわね」
ロウィーナがキッパリと言う。
「何で?
ロウィーナ、サムが来た時そう言ってたじゃん?」
不思議顔のチャーリーにロウィーナが続ける。
「その時も言ったでしょ。
ディーンとホレイショに掛けた『最も真なる愛の魔法』のまじないよ。
もしもディーンがホレイショと引き離されるかもしれないと、それこそ『一瞬』でも思ったら、私達は終わり。
災厄が降り掛かって、即死するか、死んだ方がマシと思いながら悲惨に生き続ける羽目になる。
ディーンが心からキャスを求めてくれれば別だけど、『ホレイショに愛されているディーン』は、怪物も天使も悪魔も重責も無い世界に生きる『幸せなディーン』だから、キャスを呼ぶ必要も無いしね。
やっぱりキャスが現れた瞬間に、キャスを見分けるまじないを探し出す方が賢明ね…!」
チャーリーが力強く頷く。
「そうだね!
じゃあ私はクラウリーに何か良いアイディアがないか聞いてみる!
ロウィーナはロウィーナにしか出来きないことをして!」
「任せなさい!
まずはこのヘラジカに天使と悪魔除けのまじないを骨に刻んでからよ。
天才魔女ロウィーナの真髄を見せてやるわ!」
そう言ってロウィーナがサムの額に手を当てた。
翌朝、ホレイショが目覚めるとディーンがホレイショにしがみつくように眠っていた。
ホレイショがベッドサイドの時計に目をやると、デジタル時計は午前6時を表示している。
ホレイショがそっとディーンの腕を解く。
そしてホレイショがベッドから音もなく下りると、ディーンが「…ホレイショ…」と小さく呟いた。
ホレイショが振り返ると、ディーンは子供のように目を擦っている。
ホレイショがやさしくディーンの手を握る。
「ディーン、目を擦るのは止めなさい。
赤くなる」
その途端、ディーンがブーッと膨れる。
「おはようも無しかよ!
ホレイショの馬鹿!」
ホレイショがクスッと笑ってディーンの唇にキスを落とす。
「おはよう、怒りん坊の王子様。
昨日は放ったらかしにして済まなかった」
ディーンがニッと笑う。
「もしかしてもう出勤?」
「ああ、そうだ。
今日は午後から講演会初日のセレモニーがある。
俺もスピーチをしなければならない。
そのリハーサルだ。
夜のレセプションパーティーの前にホテルで合流して、一緒に着替えよう」
「……ふぅ~ん。
じゃあさ、コレ見てから行けよ」
唇を尖らしてはいるが、ニヤニヤ笑いを隠せないディーンに、ホレイショが微笑む。
「何を?」
「コレ!」
ディーンがパパっと絹のパジャマを脱いで、くるりと後ろを向く。
ホレイショが思わず息を飲む。
ディーンは尻の周りをくるりとシャンパンゴールドのレースの囲われたランジェリーを身に付けていた。
レースは腰の下の中央から同色のサテンの布地へと変わり、そこでリボン結びをされていて、尻は殆ど丸出しだ。
ディーンはぴょんとベッドに飛び乗ると、うつ伏せになって腰を高く上げる。
ゆっくりと左右に尻を振りながら、ディーンが顔だけ振り向き、「どう?感想は?」と言うと、唇を舌でペロリと舐める。
ホレイショがディーンの尻をさらりと撫でる。
ディーンの身体がピクリと震える。
「ディーン…このランジェリーはどうした?
買ったのか?」
ホレイショの指がやわやわとディーンの尻を揉む。
「…ん…そう。
昨日の午後、ドクターと買いに行った。
これでも男物なんだぜ…あぁっ…!
変なとこ触るなよ!
早く…し、仕事に行けばいいだろ…!
あ…やだ…ッ…」
ディーンの蕾に突然ホレイショの人差し指が差し込まれて、ディーンが仰け反る。
ディーンが起き上がろうとするが、ホレイショに片手で腰を固定されて動けない。
「…ホレイショ…!」
「ディーン。
俺は今まで色んな凶悪犯を捕まえてきたが、こんなに悪意に満ちた犯人は初めてだ。
俺にこんな姿を見せつけて仕事に行けだと?」
ホレイショの凄味と色気に満ちた囁きに、ディーンの鼓膜が痺れる。
「…だって…!
ほんとは昨夜見せようと…ああんっ…」
「ディーン、君は俺がどんなに君を欲しているか、分かっていないようだな」
リボンが解かれ、ランジェリーがはらりと空を舞う。
そしてひんやりとしたジェルの感触がディーンに肌に触れたかと思うと、ディーンの身体を肉棒が貫いた。
「そ、それで…!?」
「それでさ~ホレイショのヤツ、殆ど前戯ナシで挿れてくるもんだから、俺ビックリしちゃって…でも超良かった~!
1回だったけど激しくて…結局いつも通り!
俺は感じまくって落ちちゃって、気が付いたらホレイショは居なかった。
あ~パーティーなんか無きゃいいのにな~。
他のランジェリーも見せつけてさ、今度こそ焦らしてやりたい!
それでホレイショにお願いさせてさ…ってドクターどした?
顔、真っ赤だぜ?」
「ききき君があからさま過ぎるからだよ!
そんな細かい描写は要らないよ!」
「へ?
ドクターが『それで!?』って言うから…」
「そ、それは…!」
ディーンがクスクス笑ってパチンとウィンクをする。
ジョンとシャーロックのリビングには朝の日差しが差し込んでいる。
ディーンが少し遅い朝食を終え、ディーンとジョンはリビングで二人、コーヒーを飲んでいるところだ。
シャーロックはバイオリン演奏のリハーサルの為、レセプションパーティーの会場に行っている。
「じゃあドクターは『それで!?』昨夜どうだった?
あの赤いレースのTバック履いたんだろ?
それともブルーのスケスケ?
シャーロック・ホームズさんメロメロになっただろー?」
ディーンが大きな瞳をクリクリとさせてジョンを見る。
ジョンはグビっとコーヒーを飲むと捨て鉢に言った。
「シャーロックは見てないし、僕がランジェリーを履いてたのも気付いていないよ。
昨夜は僕より早く寝て、今朝は僕より早く起きたらしいし。
というか昨夜からまともに話して無いからね」
「そう言えば…夕食中も無言だったっけ…」
ジョンがまたグビっとコーヒーを飲み捨て鉢に言う。
「どうせ今夜弾くバイオリンの曲が頭で鳴り響いているか、あの動画のことで頭が一杯なんだろ。
シャーロックは一つのことに夢中になるとその他は空気以下なのさ!
今は夢中になることが二つもあるしね」
「空気以下?恋人も?」
「恋人なんて!」
ジョンがお手上げポーズを取る。
「いたこと無いんだよ?
シャーロックは恋人より推理!恋人よりバイオリン!という男だよ」
「そんなこと無いって!
今夜バイオリンを弾いて満足すれば、シャーロック・ホームズさんと言えどもドクターのセクシーなランジェリー姿にメロメロになるって!
俺が保証する!
あっ、ホレイショが証明してるじゃん!」
うきうきと言うディーンを、ジョンが殺気を帯びた目で見る。
「ケイン警部補はそりゃあそうだろうよ!
君にベタ惚れだと隠しもしないし、経験豊富としか思えない!」
「ドクター、そう投げやりになるなよ~。
今夜は俺達の泊まってるホテルで、ロマンチックな甘~い恋人同士の初めての夜を過ごしなよ。
ホレイショがドクターのベッドでセックスしちゃったから、お詫びにデラックススイートの部屋を取ってプレゼントするってメッセージ着たから!」
ジョンが目を見開き、慌て出す。
「えっ…そんな悪いよ!
別に僕は気にしないし…」
そんなジョンを宥めるように、ディーンがジョンの肩をポンポンと叩く。
「平気、平気!
ホレイショがイギリスに滞在中の必要経費は、全部あのマイクロフト・ホームズっていう人が精算してくれんだから!」
「…必要経費…」
余りにも『ロマンチックな甘~い恋人同士の初めての夜』とは程遠い単語に、ジョンは放心しそうになる。
だがジョンは何とか体勢を立て直す。
何故なら『デラックススイート』での『今夜』に自然と頬が緩んでしまうからだ。
そうだよ…
シャーロックは完璧にバイオリンを弾くだろう
そして満足する
僕だって感動するだろうし、それとなくムードを作れば…
ディーンがニコッと笑う。
「な?
お互い最高の夜にしようぜ!
じゃあ四人の夜に乾杯~!」
ディーンがマグカップを持ちカチンとジョンのマグカップに当てる。
ジョンがあははと笑う。
「マグカップで乾杯か!
いいね!」
「そーそー!
本番のシャンパンでの乾杯は、お楽しみの前に取っとこうぜ!」
ディーンがニコニコと笑って、きらきらを振り撒く。
ジョンは、きっとディーンも今夜を凄く楽しみにしているんだろうなと思うと、微笑ましくなるのだった。
それからジョンとディーンは、ジョンとシャーロックの『甘い夜』に邪魔なパソコンをどうするかで、あーでもないこーでもないと知恵を出し合った。
シャーロックはパソコンを置いてバイオリンのリハーサルに向かったので、動画を消してしまおうとも考え実行したが、動画はどうやっても消去出来なかった。
ディーンは内心チャーリーに頼んでみようかと思ったが止めた。
チャーリーに『消せない動画』を頼んだのは自分だからだ。
そこで二人はジョンの寝室のベッドのマットレスの間にパソコンを隠すことにした。
今夜からディーンとホレイショはホテルに移るのだから、誰もベッドを使わないからだ。
そんなことをしているうちに、ディーンはホテルに向かう時間になった。
ディーンは寂しがるハドソン夫人の頬にキスをし、「また来るから!」と笑い、フラットの扉の外まで見送りに出たジョンと涙ぐむハドソン夫人にタクシーの中から手を振り続けた。
夕暮れに輝く、ディーンの笑顔とひらひらと揺れる白い手。
どうせ数時間後にはパーティーでも会えるし、ディーンの帰国までに会おうと思えばいつでも会えるのに、ジョンはまるで小さく見えなくなって行くタクシーが、永遠の別れのように感じて、胸が詰まった。
ホレイショが最後の仕上げにとディーンにカフスを嵌める。
ディーンが目を丸くする。
「これ…本物だろ!?」
「ああ。
マイクロフト・ホームズ氏が、さぞ君のヘイゼルグリーンの瞳に映えるだろうと貸し出してくれた。
だがエメラルドと言えども君の瞳には敵わないな。
ほら、出来上がりだ」
ディーンが四角くカットされ、ダイヤモンドで縁取られたエメラルドのカフスボタンをじーっと見る。
「これって…確かスクエアカットって言うんだよな…?
すげぇデカいし…めちゃくちゃ高くねーの?
何か緊張するんだけど…」
ホレイショがクスッと笑いディーンの手を取ると、手の甲にキスをする。
「正しくはプリンセスカットだ。
君の為にある宝石だと思わないか?」
ディーンがカーッと赤くなる。
「お、俺はお姫様じゃねーし!」
「そうだ。
俺の大切な…大切な王子様だ。
ただでさえ美しいのに、こんなに着飾った君を誰にも見せたくない」
「…ホレイショ…」
うっとりとホレイショを見つめるディーンの横を、ホレイショが「さあ行こう」と言って、通り過ぎようとする。
ディーンがホレイショの手を掴む。
ホレイショは振り返らない。
そして絞り出すように言った。
ともだちにシェアしよう!