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第14話

チャーリーがニコニコしながらパソコンの画面を見て、「OKだよ~!ロウィーナ」と高らかに言う。 ロウィーナはソファに座ったまま赤ワインを一口飲むと、「防犯カメラは完璧にループ状態なのね?」と訊く。 チャーリーがニカッとロウィーナに向かって笑いかける。 「勿論! ロウィーナの秘書がホレイショ・ケインを車椅子に乗せて運んだ映像は存在しないし、ハッキングの痕跡も完全に消したわ」 するとロウィーナのスマホが鳴った。 ロウィーナが優雅な仕草でテーブルの上からスマホを手に取る。 「丁度秘書からメッセージよ。 ホレイショ・ケインはベッドで深い眠りについてるって」 チャーリーが腕を組んでウンウンと頷く。 「上手くいったよね~。 ホレイショ・ケインは飲み物を断わると踏んで、加湿器にロウィーナ特製のホレイショ・ケインだけに効く睡眠エキスを入れとくなんて」 ロウィーナが得意気にホホホと笑う。 するとチャーリーが「ん?」と言って、くるっとロウィーナの方を見る。 「でも何でホレイショ・ケインを『深く』眠らせる必要があったの?」 「勿論、ディーンを取り戻す為よ。 ホレイショ・ケインは深く深く…無意識の領域まで眠るわ。 そうすれば必ずディーンを見つけ出す。 愛し合っている上に『最も真なる愛の魔法』のまじないが掛かっているんですもの。 愛の力よ」 チャーリーが「愛の力かあ…」と言ってまたウンウンと頷くが、途端に真顔になる。 「でもさあ…『最も真なる愛の魔法』は物理攻撃も効かないんだよね? じゃあ何でホレイショ・ケインの首にナイフが刺さったの? キャスが来てくれなかったら治らなかったんじゃない?」 ロウィーナがチャーリーを真正面から見据える。 「いいえ。 ホレイショ・ケインを治癒させたのは『最も真なる愛の魔法』の力よ。 キャスは何もしていない。 ホレイショ・ケインの首にナイフを刺し、ディーンを拉致して行っただけ! ホレイショ・ケインが瀕死状態になれば、ディーンが心の底から自分に助けを呼ぶと確信して、あんなくだらない作戦を立てた。 あのシャーロック・ホームズまで利用してね! だけど」 ロウィーナが焦らすようにワイングラスを揺らす。 「『最も真なる愛の魔法』を破ろうとしたからには、キャスは今、最大の不幸に見舞われているでしょうね…」 チャーリーが真っ青になって「さ、最大の不幸…」と呟く。 その時、ホテルの据え置きの電話が鳴って、チャーリーが飛び上がった。 カスティエルがディーンの両頬を両手で包む。 「ディーン、私だ。 分かるか?」 ディーンは焦点の合わない瞳でぼんやりとしているだけだ。 「…ディーン…! なぜだ! なぜこんなことに…!」 堪らずカスティエルがディーンを掻き抱く。 ディーンがクスッと笑う。 「…ディーン?」 カスティエルがディーンの顔を見ると、ディーンは何も無い空間を指差してクスクスと笑っていた。 カスティエルの顔に絶望が浮かぶ。 そしてカスティエルはディーンをベッドに押し倒す。 ディーンはクスクス笑いを止めて、焦点の合わない瞳でまたぼんやりとしている。 カスティエルがパチンと指を鳴らす。 ディーンの衣服が消え、ディーンが裸になる。 カスティエルは裸のディーンをそっと抱きしめる。 「それでも君は私の傍にいてくれるんだ」 カスティエルの瞳から涙が溢れ、ディーンの頬を濡らした。 ホレイショが気が付くと、そこは真っ暗闇だった。 反射的に右腰に手をやる。 だがそこに銃は無い。 ホレイショは右腰にやった手をすっと伸ばす。 自分の腕の長さでは壁に届かないことが分かる。 それならば前に進もうかとも思ったが、漆黒の闇で動くのは危険だと判断し、目が慣れるのを待とうとその場で立ち止まる。 何秒、何分そうしていただろうか。 「…ホレイショ…」と微かな声がした。 声の持ち主は泣いている。 そしてその声の持ち主をホレイショは一瞬で分かった。 「ディーン! 俺はここだ!」 ホレイショが声がした方向に全力で走り出す。 自分の手さえ見えない漆黒の暗闇を、ただひたすらに。 午前2時。 長いソファの両端にジョンとシャーロックが座っている。 ジョンは「こんな時間にすみません」と言って何度も頭を下げているが、シャーロックは目の前のロウィーナをじっと見つめているだけで無言だしピクリとも動かない。 ロウィーナがフフっと笑う。 「急なお話なんでしょう? しかもディーンについて。 構いませんわ。 ワトソンさんもリラックスなさって」 「はあ…」 そこにチャーリーがティーセットを持って来る。 「もう遅いのでハーブティーにしたんですけど、大丈夫ですか?」 「大丈夫です! なっシャーロック!」 シャーロックは僅かにコクンと頷くが、ロウィーナを見つめたままだ。 チャーリーがそれぞの前にティーカップを置き、自分もロウィーナの隣りに座る。 ロウィーナがにっこり笑う。 「それでお話というのは?」 「実は…」 ジョンの言葉を遮ってシャーロックが口を開く。 「僕は誰かに利用されていた。 ディーン・ウィンチェスターを拉致した犯人に。 あなたの助言で僕は『精神の宮殿』でトレンチコートの犯人では無く、僕を追いかけて真実を見つけた。 僕がディーン・ウィンチェスターをバルコニーに誘導する為の下準備をし、ディーン・ウィンチェスターを躓かせる罠まで張った。 だがどうして僕にそんなことが出来たのかが分からない。 僕は催眠術などには掛からないし、僕の行動を制御出来るのは僕自身かジョンしかいない」 チャーリーが「僕自身かジョンしかいないかあ…」と言って笑いを堪えながら下を向く。 ジョンがボンッと赤くなり、「違います!違いますよ!?」と慌てて言うと、シャーロックが「僕の話の邪魔をするな!」とピシャリと遮る。 ジョンが「ごめん…」と言った途端、シャーロックはまた話し出した。 ロウィーナはシャーロックの話を全て聞き終わると、「流石シャーロック・ホームズさんね」と言って微笑んだ。 ジョンがおずおずと口を開く。 「あの…質問しても良いですか?」 「どうぞ、ドクターワトソン」 「あなたはシャーロックの話を信じるんですか?」 「ええ、勿論ですわ」 「なぜ?」 「なぜ、とは?」 ジョンがシャーロックの横顔を見ながら言う。 「だって! ディーンがパーティー会場に居た証拠は無いに等しいんですよ!? あの会場に居た人間は全員ディーンを覚えていない。 あのパーティーには100人以上が出席していた。 警備や裏方を合わせるともっとだ。 それにシャーロックだって最初はディーンがいない前提で推理していた。 それなのに今になって良く考えたらいましたなんて…」 ロウィーナがにっこり笑う。 「ドクターワトソンのお気持ちは良く分かりますわ。 ドクターは記憶が消えているままですものね。 この犯人は只者じゃありません。 数百人だろうが数千人だろうが数万人だろうが、記憶を消すくらい何とも無いんです。 でもホームズさんのような脳の活用法をする人間…つまり『精神の宮殿』を持った人間に出会ったことが無かったので、人間の記憶を消す一番簡単な能力を使った。 ホームズさんのような脳の働きを消すような強力なパワーを出さなかったんですわ。 まあ、ある事情で『出せなかった』んですけどね」 シャーロックが淡いブルーの瞳でロウィーナを射る。 ロウィーナはそんな視線など完全に無視し、微笑みを浮かべてハーブティーを飲む。 シャーロックはロウィーナを見たまま「そんな能力の持ち主が存在するのか?」と詰問調で問う。 ロウィーナは眉一本動かさず「ええ」と答えると、ティーカップをソーサーに置いた。 「あなたがドクターワトソンのパソコンに送られてきたあのポルノから興味が全く無くなったのがその証拠。 あなたの表面上の脳の記憶を操作するなんて、彼なら指パッチンひとつで出来るのよ」 ジョンが身を乗り出す。 「じゃあどうやってディーンを助け出せばいいんですか!?」 「それはホレイショ・ケインにしか出来ない」 ロウィーナの厳しい声にジョンの目が見開かれる。 「じゃあ協力は!? 協力方法はないんですか!?」 「本気?」 「ええ!勿論です! ディーンは友人だ。 な、シャーロック!」 シャーロックが小さく頷く。 ロウィーナが何処からともなく小瓶を取り出し、テーブルに置く。 「シャーロック・ホームズ。 これを飲んで私を『精神の宮殿』に招待なさい。 どう? 出来る?」 シャーロックが小瓶に手を伸ばし、ジョンが止める間もなく、蓋を開け、小瓶の中身を飲み干した。 シャーロックはいつも『精神の宮殿』に篭っている時の姿勢を取っている。 ロウィーナはというと、瞳を閉じてリラックスした様子でソファに凭れている。 チャーリーが興味津々といった感じで、「『精神の宮殿』に他人が入ったらどうなるの?」とジョンに訊く。 ジョンは困惑した顔で、「『精神の宮殿』はシャーロックの脳内にあるんだよ?ロウィーナさんが入れる筈無いよ」と答える。 チャーリーはあっけらかんと、「そうかな?ロウィーナなら平気でしょ」と言ってハーブティーを飲む。 ジョンが困惑顔からムッとした顔になる。 「君は他人が自分の脳内に入れると思っているのか?」 「ロウィーナはホームズさんの脳内に入ったんじゃ無いのよ。 『精神の宮殿』は脳と言うより魂に近いんじゃないかな。 だからディーンを拉致したキャ…犯人もホームズさんの『精神の宮殿』の記憶を消すことが出来なかったのよ」 ジョンは言葉を失い、思わずチャーリーをジロジロと見てしまった。 チャーリーはそんな視線を跳ね返す様に楽しげにウィンクする。 「でもロウィーナなら大丈夫! 必ずディーンを発見する手掛かりを見つけ出すわ」 「どうやって?」 「それは企業秘密! それよりワトソンさんに頼みがあるの!」 「……なに?」 「ホームズさんとロウィーナはこれから10時間は『精神の宮殿』に籠るから、ワトソンさんはホレイショ・ケインに付いててあげて」 「どうして? ケイン警部補にはヤードが全面協力してるよ。 僕は医者だが法医学者じゃないし…」 「も~~~!! ワトソンさんはお堅いなあ! そういうことじゃ無いの!」 ソファの上でジタバタするチャーリーにジョンが目を丸くする。 「…えーと…じゃあどいうこと?」 「あのね! 異国の地で恋人が行方不明になったんだよ!? 拉致された証拠は何処から飛んで来たか分からないピアノ線と割れたカフスボタンだけ! いくらホレイショ・ケインの精神力が並外れて強くても、ディーンが心配で堪らない筈よ! 表には出さなくても悲しみに暮れている。 それにホレイショ・ケインは警部補で刑事だけど科学捜査のエキスパート、言わば科学の申し子よ? あなたは医者で、医者も科学者でしよ? だからホレイショ・ケインがディーンに繋がる何かを掴んだ時、それを証明する手伝いをしてあげて欲しいの。 それにあなたはイギリスで出来たディーンのたった一人の友達でしょ? ディーンを思い出させるあなたが傍にいれば、ホレイショ・ケインだって励まされる! 私、どこか間違ってる? 間違っていないと思うなら、お茶を飲んだら明日に備えて少しでも眠って、起きたらホレイショ・ケインに寄り添ってあげて! ホームズさんが目覚めたら連絡するから! 早く!」 チャーリーの剣幕に押されながらも話の内容に心を打たれたジョンが、ハーブティーをグビっと飲み干す。 それを見てチャーリーがにっこり笑う。 「それじゃあホレイショ・ケインをよろしくね!」 ジョンは力強く「ああ!」と返事をすると、すっくと立ち上がり、足早に扉に向かって歩いて行った。

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