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第17話
地下はまさに漆黒の闇だった。
その中をホレイショは全速力で走って行く。
シャーロックはホレイショの気配を追いながら走っているが、闇に目が慣れなくてイライラすると同時に不思議だった。
どんなに頭をフル回転させても、ホレイショがこの闇の中を全速力で走れる理由が分からない。
幾度かの曲がり角を過ぎた後、ホレイショが「ディーン!」と叫んだ。
薄ぼんやりした灯りの中、ホレイショがベッドに横たわるディーンを抱きしめている。
シャーロックが『薄ぼんやりした灯り』と思ったのは、ベッドの両サイドにあるビクトリア調の燭台の灯りだった。
ホレイショは流れる様な仕草でスーツの上着を脱ぎ、裸のディーンの身体に掛けてやると、慎重にディーンをベッドに横たえる。
そしてシャーロックに向かって振り向いた。
「ドクターワトソンは?」
「ジョン?
さあ…付いてきているかどうか…」
ホレイショは殺気を帯びた目をして、じっとシャーロックを見つめている。
シャーロックは小さく舌打ちすると、後ろを向き、「ジョーーーン!ジョン!早く来い!」と怒鳴る。
すると「今、向かってるよ!」とジョンの声がした。
シャーロックが「ジョンはすぐそこだ!ディーン・ウィンチェスターはどうかしているのか?」と言って振り返ると、ホレイショはもうシャーロックを見てはいなかった。
ディーンの傍らに座り、ディーンの手を握って、「ディーン…私だ…分かるか?」とやさしく囁いていた。
ホレイショの瞳もやさしく細められ、ついさっきまでシャーロックを殺気を込めた瞳で見つめていたとは到底思えない。
シャーロックはその姿に思わず釘付けになった。
やさしく、美しく、儚い二人。
こんな廃墟の地下でさえ、舞台装置のように二人を引き立たせている。
ホレイショはやさしく「ディーン…私だ…分かるか?」と囁きを繰り返す。
シャーロックの頭にベートーヴェンのロマンス第2番が鳴り響く。
すると突然、「よくこんな暗闇を懐中電灯も無しに来られたな」とジョンの声がした。
シャーロックが錆び付いたロボットの様に振り返る。
ジョンは片手に懐中電灯、もう一方の手に医療鞄を持ち、息を切らして、「どうかしたのか?君、顔が変だぞ」と言って心配そうにシャーロックを見上げる。
シャーロックの頭の中のロマンス第2番がピタリと止まる。
シャーロックがまじまじとジョンを見る。
そして「君は…」と言いかけた時、ホレイショが「ドクターワトソン。ディーンを診てやって下さい」と鋭い声を出した。
「脈拍も瞳孔も正常です。
ですがこの状態では病院で精密検査をしてみないと…」
困惑を隠せないジョンにホレイショは「分かりましたドクター。ありがとうございます」と冷静に言うと、ぼんやりと虚空を見ているディーンを抱き起こす。
ジョンがスマホを取り出す。
「じゃあ救急車を呼びますから。
グレッグ…レストレード警部にも連絡をしておきます」
「ええ。
お願いします」
そしてジョンがスマホの画面を見て、「やったぞシャーロック!圏内だ!」と言った時だった。
「電話は必要無いわ!」と、ロウィーナの厳しい声がした。
ロウィーナの横には蝋燭の灯った燭台を持つチャーリーがいる。
「なぜ?」
そう訊くホレイショの声も厳しい。
「車の中で私が言ったことを忘れてはいないでしょう?
ホレイショ・ケインともあろう者が」
「私を買いかぶりすぎている」
「いいえ。
あなたはこの漆黒の暗闇の中、迷わずディーンに辿り着いた。
あなたは昨夜、夢の中でこの暗闇を走り、ディーンを見つけたことを覚えていたから。
でしょ?」
「だったら?」
「夢を信じるなら、現実に存在する私を信じて。
ディーンは病気じゃない。
ディーンを元通りにするのに必要なのはホレイショ・ケインの『愛』だけ。
さあ、ディーンにあなたの『愛』を伝えて」
ホレイショがディーンを静かに抱き起こし、頬を支える。
ホレイショが愛してやまないディーンの美しいヘイゼルグリーンの瞳は何も映していない。
現実の『何も』。
ホレイショはそっとディーンの唇に唇を重ねた。
虹だ…
虹が見える…
ああ…
虹が全てを飲み込んで…染めてゆく…!
「どうした、ディーン?」
「…へ…?
あ、え!?
何してんだよ…ッ…アアッ…ホレイショ…!」
蕾の中を動く猛った雄にディーンの腰が揺れる。
ホレイショがフフッと笑う。
薄らと汗をかいて赤毛を乱したホレイショは、匂い立つ様な男の色気をふんだんに放っている。
「ご褒美をくれると言ったのは君だろう?
何を驚いている?」
「…ご、ご褒美って…」
「講演会の初日が成功したからと…。
君はホテルに帰ってきた俺に、食事より先にご褒美をやると言ったくせに」
ホレイショがそう言って愛しくて堪らないといった仕草で、ディーンのおでこにキスをする。
「忘れたとは言わせない。
こんなランジェリーまで着けて…。
悪い子だ」
ホレイショがほぼ紐とレースしかないコーラルピンクのランジェリーを掴み、ディーンの目の前でひらひらと振ると、ハラリとまたベッドに落とす。
「ホレイショ…にじ…」
『虹を見た?』というディーンの問い掛けは言葉にならなかった。
ホレイショが深く穿ってきたからだ。
「ああんっ…ホレイショ…ッ…!」
「良いか?
ディーン」
「…いいっ…してっ…してぇっ…ああっ…!」
ディーンはもう『虹』も何もかも、どうでも良くなった。
ホレイショから与えられる快感が強すぎて。
ホレイショの硬く太い雄はズブズブとディーンの蕾を出入りしながら、確実にディーンの感じる場所を擦り上げ深く突いてくる。
そしてディーンの雄も上を向き、プクリプクリと蜜を零す。
「…ホレイショ…触って…」
「何を?」
「も、いいッ…!」
ディーンが涙目で自分の雄に手を伸ばそうとすると、ホレイショの手が先にディーンの濡れた雄を掴み鈴口に指を引っ掛ける。
「…アアッ…!」
ディーンが仰け反る。
「ディーン、俺がいるのに自分でするのか?」
「ホレイショが意地悪するからだろ…!」
「悪い子には躾が必要だ。
丁度いい『紐』もあるしな」
ホレイショの動きが止まり、ホレイショがさっとディーンの茎の根元をランジェリーで縛る。
「…な、なにすんだ…よっ…」
「『ご褒美』を頂くだけだ。
躾も出来て一石二鳥だろう?
大丈夫。
ちゃんとイかせてやるから」
ホレイショがディーンの茎を扱きながら、動きを再開する。
「…ヒッ…!ホレイ…アァ…!」
ディーンは無意識に開いた足をM字に曲げてしまう。
そんな仕草がまたホレイショに火を点けることに気付きもせずに。
「ディーン、起きて!
ほら明るくなるよ」
ジョンにゆさゆさと肩を揺さぶられディーンが目を擦る。
そして大欠伸して「んー良く寝た!」と言った。
その横でジョンがため息をつく。
「そんなに眠くて講義を聞く気が無いなら、ホテルで寝てればいいのに…」
ディーンが口を尖らせて拗ねた様に「だって悔しいじゃん!」と言い返す。
「悔しい?
何が?」
「ホレイショ、眠そうだった?
講演のキレが悪いとか無かった?」
「…へ?
いいや、全然!
今日も興味深い内容を鋭く切り込んで弁舌をふるってたよ!」
「…ふ~ん…。
なんでかなあ~」
まだ拗ねた様子のディーンに、ジョンが心配そうに「何かあった?」と訊く。
ディーンがチラッとジョンを見る。
長い睫毛が横顔に影を作り、ジョンは思わず「美しいなあ!」と言いたくなるのを飲み込む。
ディーンがジョンの顔に顔を寄せて話し出す。
「だって…昨夜、俺酷い目に遭ったんだぜ!
ホレイショのヤツ…俺が『ご褒美』をやるって言ったからって好き勝手してさ~。
俺はそんなこと言った覚えは無いっつーのに聞いてくれないし、ベッドで三回、バスルームで二回って…有り得ないだろ?
泡風呂に入れて身体も洗ってくれたのは良いけど、俺は結局寝落ちして夕飯も食ってないのに、ホレイショはちゃっかりルームサービスで先に夕飯済ませててさあ。
まあ俺の分も起きた時頼んでくれて、食べさせてくれたけど。
今朝も俺がホレイショのシャワー中に乱入したんだけど、ちょっと口でイタズラしたらヤり返されて…。
俺はもう怠くて怠くてたまんないっつーのにホレイショは涼しい顔で講演会に行くってバッチリ決めてカッコいいし…。
酷いだろ?
だからホレイショがいくら良い男で頭が良くても、ヘマしないかな~って見に来た!」
「……そう……」
愚痴だか惚気だか分からない話を一気に聞かされ、ジョンが辛うじて笑顔を作って固まっていると、ディーンが「あっ!」と大声を出した。
「…こ、今度は何かな…?」
「虹だよ!虹!
ドクター、昨日の夕方、虹を見なかった?
スゲーデカいやつ!」
ジョンが腕を組み講演会場の天井を見る。
「虹かあ…。
僕が会場を出たのは、3時からのケイン警部補の第2部の講演が終わってからだったから、4時半過ぎってとこだったけど…虹は見なかったな。
虹がどうかしたの?」
「俺さあ…昨日ホレイショが講演に出掛ける時、ホントはスゲェ寂しかった。
でも意地張っちゃってさ。
一人でホテルに残るーって言っちゃって。
ホレイショは仕方ないなって笑って許してくれたけど、それも何か癪でさ。
それにデラックススイートでは一人でも色々遊べたし。
でもやっばりホレイショに会いたくて。
でも会えないことは分かってたから、最後はふて寝してた。
そしたら突然大きな虹が見えた気がしたんだ!
虹はスゲー大きくて物凄い勢いで駆け抜けて行った。
で、気がついたらホレイショに押し倒されてたんだけど…。
ホレイショは虹なんか見てないって言うんだ。
ホレイショは講演で忙しかっただろうし、見てないのも納得出来るけど、ドクターなら何か見てないかなあって思って」
ジョンが腕組みをしたまま、眉間に皺を寄せる。
「…うーん…僕も見てないなあ…」
すると次の瞬間ジョンがくるっとディーンに向かった。
「そうだ!
シャーロックに聞いてみよう!」
ディーンがキョトンとして「シャーロック・ホームズさん?何で?」と訊く。
ジョンが勢い良く答える。
「シャーロックは特殊な記憶法を使うんだ。
『精神の宮殿』って言うんだけど、それこそシャーロックが意識しない事柄でも、シャーロックが無意識の状態であっても、シャーロックにとって必要ならば記憶される。
もしロンドン市内でそんな不思議な自然現象を目撃したら、絶対に『精神の宮殿』に記憶される!
今はフラットに居る筈だから聞いてくるよ!
きっと電話には出ないだろうし!」
ディーンが嬉しそうににっこり笑って「ありがとう、ドクター!」と言った途端、二人の頭上から「随分と仲良しなんだな」とホレイショの声が降ってきた。
ディーンがパッと上を見て、「ホレイショ!来てくれたんだ!」と言いながらまた嬉しそうに笑う。
「勿論だ。
わがまま王子様がせっかく講演会に来てくれたんだから」
ジョンも笑顔で立ち上がる。
「お疲れ様です、ケイン警部補」
「どうも、ドクター。
お話が弾んでるみたいですね」
ホレイショが微笑む。
だがホレイショの青い瞳は笑っていない。
ディーンは気付いていない様だが、その『笑っていない瞳』はジョンにだけ向けられていることに、ジョンは直ぐに気が付いた。
ジョンが早口で「じゃあ僕はフラットに戻らなきゃ!失礼します!」と二人に言うと、足早に会場を出て行く。
ホレイショがディーンの隣りに座り、ディーンの肩を抱く。
「本当に来てくれたんだな。
ありがとう、ディーン」
ディーンが照れ臭そうに「まあな。今日で講演会も最後だし。ホレイショがヘマするのを見たくて」と言う。
ホレイショが愛おしそうにフフッと笑う。
「そんなにかわいいことを言われたら、今夜も離せそうにないな」
ディーンが頬を赤らめ「その前にメシ!」と言ってぷいっと横を向く。
ホレイショがディーンの耳元で甘く囁く。
「わがまま王子様の仰せの通りに」
カッと見開かれた血走った目。
全身から滴る汗。
唇は震えて言葉にならない。
クラウリーがホッと息を吐く。
「キャス!目覚めたか!」
カスティエルが微かに頷いた。
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