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第19話
「僕に『精神の宮殿』から出ろと言ったり入れと言ったり…!
それに『精神の宮殿』には何故かヒビが入っているし!
それを探ろうとまた『精神の宮殿』に入ったらヒビは消えて、完璧な『精神の宮殿』に戻っているし!
ああ、もう!
何が何だか分からん!」
静まり返るテーブル。
他の客達の好奇の目。
少しの静寂の後、ディーンが言った。
「な~んだ。
結局ホームズさんはドクターに甘えて構って欲しくてハンストしてただけか。
くだらねーって言ってやりたいけど、それだけドクターを愛してるってことだから仕方ないよな」
ジョンがボンッと赤くなる。
「ディーン!?」
シャーロックも益々顔を顰めて、「何を言ってる!?」と怒鳴る。
ディーンがキョトンとして二人を見ながら答える。
「何って…。
ドクターとホームズさんは恋人同士だろ?
それでホームズさんは考え事が上手くいかなくて、どんな態度を取ってもドクターが心底自分を嫌いにならない自信があるからドクターにイライラをぶつけたんだろ?
駄目押しにハンストまでしてさ。
でもさ、そんなやり方じゃドクターはホームズさんを嫌いにはならないだろうけど、ロマンチックじゃないぜ?
ドクターは医者としてホームズさんの健康を心配するだけだ。
ドクターの気を引きたいのなら、恋人同士なんだし、もっとロマンチックなやり方があるだろ?」
シャーロックがブスッとして「どんな?」と言う。
ディーンが焦らすように「うーん…そうだなあ…」と言って、「じゃあちょっとカウンターで二人きりで話そうぜ」と続け、ホレイショに「いい?」と訊く。
ホレイショは微笑んで「勿論、いいさ」と答えると、ディーンの頬にキスをする。
「ドクターのお役に立つのなら」
ディーンがくすぐったそうに笑って、ホレイショの頬にキスを返すと「直ぐに戻るから」と言って席を立つ。
シャーロックが渋々とディーンの後をついて行った。
そうしてディーンがシャーロックとカウンターでコソコソと話している頃、カンザス州の賢人の基地ではカスティエルがベッドに横たわる『ディーン』の手をしっかりと握っていた。
『ディーン』はうとうとと眠っているが、ふいに目覚めては「キャス…水…」などど言ってくる。
カスティエルはその度にキッチンにすっ飛んで行って冷たく冷えたミネラルウォーターを持って来て、『ディーン』に飲ませてやる。
大抵『ディーン』はその後、「サンキュ、キャス…」とだけ言って眠りについてしまうが、カスティエルの心は幸福で満たされる。
ディーンの傍にいて、ディーンの世話が出来るだけでもカスティエルにとっては至上の喜びなのだ。
そんなカスティエルを見ながら、クラウリーが「良かったな、キャス」としみじみと言う。
カスティエルが『ディーン』の寝顔を見つめながら「ありがとう、クラウリー」と言うと、「それでロウィーナにも礼を伝えてくれたか?」と続けた。
クラウリーがふうっと息を吐き、感慨深げに答える。
「ああ、勿論伝えたさ。
それにしてもあのロウィーナが金より友情を取るとはなあ…。
お前の必死さに心を打たれたからって、ディーンをこの基地に返してくれるとは!
ディーンの代理を務めるサムには気の毒だが、ロウィーナの魔術の威力があれば何とかなるだろう。
まあディーンはロウィーナが掛けたという最強の愛のまじないから強引に引き離されたせいで、半月は寝たきりらしいが、傍にいないよりはマシだろう?
なあ元相棒!」
クラウリーがカスティエルの肩をポンと叩く。
カスティエルがコクリと頷き、「私の力が使えれば…」と呟く。
途端にクラウリーが慌てた声を出す。
「おい、キャス!
ロウィーナの説明を忘れたか!?
まだディーンはロウィーナのまじないから抜けきっていない!
天使のパワーとロウィーナのまじないがぶつかれば、ディーンはまたお人形さんになるか、魂ごと身体が吹っ飛ぶんだぞ!?
妙な気を起こすな!
こんなディーンを見ているのが辛いなら、俺様が地獄で看病してやる」
カスティエルが『ディーン』を見つめながらキッパリと答える。
「いや。
辛くは無い。
ただ天使のパワーで癒せればと思っただけだ。
ロウィーナの説明は一言一句覚えている。
私はディーンが目覚めるまで、こうして傍で世話をするだけだ。
それだけで幸せだ」
クラウリーがホッと息を吐く。
そしてフフフと満足そうに笑った。
「よしよし!
俺様もたまには見舞いに来てやるよ。
ディーンが賢人の基地の鍵を俺様に開けてくれたからな」
「ありがとう、クラウリー」
カスティエルはディーンを見つめたまま小さく微笑んだ。
―――微笑んだのはカスティエルだけでは無かった。
水晶玉に手をかざし、ロウィーナが微笑む。
「やった!
キャスも心からあの『ディーン』が本人だと信じたわ!
天使のオーラがピカピカ光ってる!
チャーリー!
ドンペリのピンク開けて~!」
チャーリーが「はいはい」と言ってポンと軽い音がする。
そしてピンク色に染まったシャンパンフルートを持ってやって来る。
「はい、ロウィーナ。
お疲れ様」
「あんたもね」
二人のシャンパンフルートがカチンと音を立てて合わさる。
チャーリーが一口シャンパンを飲むと早口で言った。
「でもサムをディーンに見せるなんて流石ロウィーナだね!
だって天使と地獄の王を騙すのよ?
普通の魔女じゃ絶対出来ないわ!」
ロウィーナがホホホと勝ち誇った笑い声を上げる。
「まあ、私はあんたの言うように普通の魔女じゃなくて天才の魔女だからね!
それにサムはディーンと血が繋がっている。
しかも一番濃い兄弟の血の繋がり!
つまり魂自体が生まれつき似ているのよ。
しかも片やミカエル、片やルシファーの器になれる身体を持って生まれてきた。
どちらも大天使!
そこまで似かよってて私のまじないをプラスすれば、ディーンに『見せる』だけなら簡単だわ。
サムには眠りのまじないを掛けておいたから、たまに目覚めてキャスに飲み物を要求するくらいだし。
それがまた本物の『ディーン』だと真実味を持たせるんだけどね!
そして本物のディーンが賢人の基地に入った途端、サムのまじないは解かれ、キャスはディーンが元気になったと思う。
ディーンはキャスの言動で、私がホレイショ・ケインとの旅行をつつがなく終わらせる為に何かをしたと察して話を合わせるわ。
基地に戻ったディーンは『ホレイショ・ケイン』の無邪気でかわいい恋人のディーンじゃ無くてハンターのディーンだから、それくらい絶対に見抜く。
これでホレイショ・ケインはテロリストに屈せず、予定通り金曜の夜の便でディーンと一緒にマイアミに帰る。
きっと2~3日はディーンにマイアミに残るように誘うでしょうね。
もう水曜日も終わるし、あと二日で私達のミッションも成功よ!
50万ドルが待ってるわ~!」
チャーリーもニカッと笑う。
「そうだね!
色々あったけど、ディーンとホレイショ・ケインも明日と明後日は平和に観光してアメリカに帰るでしょ?
そうだ!
ロウィーナ!私達も明日から観光しない?
普通に旅行を楽しむの!
どう?」
ロウィーナがグイッとシャンパンを飲み干す。
「いいわよ!
イギリスなんて嫌な思い出しか無いし、観光なんてしたこと無いしね。
その話乗った!」
チャーリーもグイッとシャンパンを飲み干すと、「やった~!楽しもうね!」と笑顔で言って、ロウィーナと自分のグラスにシャンパンを注ぐのだった。
「ディーン…何を考えてる?」
ホレイショがディーンの蕾の中の指を擦り上げる。
ホレイショの目の前のディーンの尻がブルブルと震え、ディーンが「んんッ…!」と小さく呻き、咥えていたホレイショの雄から口を離す。
「な、何にも考えてねぇよ…ッ…ああっ…」
ディーンの身体を知り尽くしているホレイショは、的確にディーンの感じる場所を攻めていく。
「こんな格好をしたいと言い出したのも、俺に表情を読まれたく無いのかと勘ぐりたくなる」
ディーンはホレイショの身体の上を逆さまに跨って、ホレイショの顔に尻を突き出し、ホレイショの雄を上から頬張っていたのだ。
ディーンが振り返り、涙が滲んだ瞳でホレイショを睨む。
「…ち、違う!
ホレイショの馬鹿!」
「じゃあ何だ?」
ホレイショが指を休めずディーンと視線を合わせたまま、ディーンの雄をチュッと吸う。
ホレイショのむせ返るような男の色気にディーンは負けを知る。
「わ、分かったよ…!
昨日…セックスしてた時…あんっ…に、虹が…アアッ…み、見えたから…今夜も…み…見えるかなって思って…」
息も絶え絶えに必死に答えるディーンの震える尻に、ホレイショがキスをする。
ただそれだけなのに、ディーンの背筋から頭の天辺に快感が駆け抜ける。
「…アアッ…!だめっ…イく…ッ…!」
「大丈夫だ。
ほら」
雄の根元をぎゅと掴まれ、ディーンが声にならない悲鳴を上げる。
「ディーン…君は本当にかわいいな」
ディーンの耳を蕩かすホレイショの甘い囁き。
「そんなに昨夜のセックスが良かったのか?
虹を見たなんて」
「ほ…本当に…み、見た、から…」
「それなら今夜も見えるだろう」
ホレイショがすっと身体を動かし、ディーンとホレイショの身体が入れ違いになる。
ディーンは訳も分からずいつの間にかベッドに横になっていた。
ホレイショが赤くなったディーンの目尻の涙を指先で拭う。
まるでディーンの身体は、どこもかしこもベルベットの様な肌触りだとホレイショは思う。
ホレイショが微笑む。
ディーンが自分の膝の裏に手を入れて足を開く。
「美しい俺のディーン。
虹よりも、だ」
ホレイショが囁くと同時にディーンの身体を猛った肉棒が貫いた。
その1時間前。
シャーロックとジョンはバスタブの中で膝を抱えて向き合っていた。
ジョンがはぁ~と深いため息をつく。
「シャーロック、いつまで風呂に入ってればいいんだ?
折角のバブルバスも泡がヘタってきたぞ」
「まだだ」
「何か推理しているのか?
この状態で?」
「推理…では無い。
ではまずジョンから話せ。
なぜシャンプーやボディソープが百合の香りだと思う?」
「はあ!?
今更何だよ!」
「いいから。
君は知っている筈だ。
それなのに僕に秘密にしていた。
なぜだ?」
ジョンがバスタブの縁に置いてあったペットボトルの水を掴みごくごく飲むと、「分かった、分かった!恥ずかしいからって言われたんだよ。だったら人に話して回ることも無いだろう?」と一気に言って、トンとペットボトルを元に戻した。
「僕もなぜ百合シリーズなのかと思って、ケイン警部補に訊いてみたんだ。
そしたらディーンと初めて会った時、ディーンはストーカーに拉致されて拘束されていたんだけど、それでも汚れの無い白い百合の花の様に美しかったんだって。
それで会えない時は白百合の花束を送ってるらしいよ。
恥ずかしいですがドクターになら…って話してくれたんだよ!」
「…ふ~ん。
君は相変わらず人気者だな」
「別に普通だよ。
そっちこそ話せよ。
アンジェロの店のカウンターでディーンに何を言われたんだ?
それを言いたくてこんな真似をしてるんだろ?」
「…そうだ。
これなら言い出せるかなと思って」
ジョンが湯に浮かぶ泡を両手で掬う。
「それで?」
シャーロックも両手で泡を掬うと話し出した。
「ディーン・ウィンチェスターは言った。
あんたとドクターは歩く速度が合っていないんだよ、と。
そして、恋人なら自分の速度が相手と合っていないからって、壁を作って自分を守るなんて間違っている、と。
それよりドクターと歩幅を合わせる努力をしろよ、ドクターはしてるぜ、と。
それにドクターは歩幅を合わせることに失敗したって何とも思わない、と」
そこまでスラスラと話したかと思うと、シャーロックは急にブスッと付け加えた。
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