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第11話

 部屋に戻った大雅は窓を開けてぼんやりと外を見ていた。 頭の中で考えていたのは隣の部屋の天野 万里の事。 幼かったあの日の自分の事。 あれは中等部の受験の日の事だった。 まだあどけなさが残る少年だったあの頃、静と一緒に試験を受けに桜咲学園に来ていた。 寒い冬の日で雪も散らついていた。 『静、教室どこだった?』 『オレは2ーBだった。大雅は?』 『オレは2ーA。名字順で分けられてるっぽいな』 じゃ。と2人は別々の教室に入り、席に付いて時間が来るのを待っていた。 『あ、しまった』 大雅は筆箱を開き、消しゴムを忘れてきた事に気が付いた。 静に借りに…と思ったが、あと数分で試験が始まってしまう。 フム。どうするか…と悩んでいると、背中をポンポンと叩かれた。 驚いて振り返ると、先程までは誰も居なかった席にキラキラした髪の頬っぺたと鼻が赤くなった少年が座っていた。 『…何?』 ぶっきらぼうに答えてしまって少し後悔した。 『消しゴム忘れたの?』 小声で話しかけてきた少年はオレの返事に少しだけ困ったような顔をしていた。 『そうだけど?何か用?』 この時の自分は訝しげな表情をしていたと思う。 『ボク予備持ってきてるから、貸してあげる』 小さな手から新品の消しゴムを渡された。 軽く手が触れドキッとした。 触れた手は氷のように冷たかった。 『あ…ありがとう』 『どういたしまして』 首を傾げてニッコリ笑う少年はとてもキレイだった。 『あ…』 と何か話そうかと思ったその時、チャイムが鳴って先生が入ってきたので前を向いた。 胸がドキドキしていた。 これは緊張とかじゃない。 急に声をかけられて驚いたからじゃない。 触れた手が冷たかったからじゃない。 なんだ…?と思ったが、先生が試験用紙を配り始めたのでとりあえず忘れる事にして試験に集中した。  チャイムが鳴り全てのテストが終わった。 休憩を挟んで次は面接が始まる。 教室から出る奴もいれば、じっと席で待つ奴と、色々だ。 さてどうしよう。と思っていると扉が開いて静が顔を出した。 『大雅』 チョイチョイと呼ぶので、扉の方へ行く。 『静どうした?テストできた?』 『まぁ、楽勝かな。ていうか大雅の新しい消しゴム、オレの方に入っててビックリしたんだけど。大丈夫だった?』 『あ、あぁ。消しゴム…後ろに座ってた子が貸してくれたから…』 席を見たが、少年の姿は無かった。 アレ?と思ったがトイレかな?と、あまり気にしなかった。 『そっか、なら良かった。つぎは面接だな、まぁ問題は無いと思うけどポカするなよ』 『誰に言ってんだ?』 ククッとお互いに笑い合い、少し緊張していたのか気が楽になった。 『面接終わった順に帰れるらしいぞ』 『マジ?オレ達早めだからラッキーじゃん』 『だな。学食が開放されてるらしいから終わったらそこで合流しよう』 『わかった』 面接は、別室で行われる。 廊下に数人ずつ呼ばれてから、1人ずつ部屋に入って面接される。 面接開始の時間になって、大雅と数人が呼ばれ廊下に並んでいる椅子に座って待つ。 その時隣に座っていたのはさっき消しゴムを貸してくれた少年だった。 どうしようかと思ったけど、さっきのお礼しないとと思い小声で少年に話しかけた。 『消しゴム…ありがとな。助かった』 いきなり話しかけたからか、少年は驚いた顔をしたがすぐに笑顔になり 『いいよ、気にしないで。困った時はお互い様って言うじゃん。』 と手を擦り合わせていた。 『寒いの?』 冷暖房完備の学園なので廊下ももちろん暖かい。 『ううん。ちょっと緊張してるだけ』 『そっか。ちょっと手貸して』 そっと手を握ってみる。緊張で少し湿っていて冷たくなっている。 『えっ?』 少年は驚いた顔をして大雅を見つめてきた。 『緊張したり弱気になったりした時って人の体温感じると落ち着くんだって』 母がよくそう言って抱きしめてくれていたのだ。 『そ、そうなんだ。…ありがとう』 少年はほっぺを少し赤くしてはにかんだ。 大雅もジワリとほっぺが赤くなるのを感じる。 しばらく手を繋いだままでいると、じわりじわりと温まってきて体温が同じくらいになる。 『天城 大雅君。入って』 面接の順番が回ってきて、手を離した。 『はい』 と答え席を立つと、振り返る事ができないまま入室した。 自分の面接が終わって部屋を出ると次はさっきの少年の番。 『天野 万里君。入って』 『はい』 落ち着いた声で返事をして少年は部屋に入って行った。 『天野 万里…。か』 学食で静を待っている間、さっきの少年の事が頭から離れない。 ボーッと頬杖をついて座っていると、ポンと肩を叩かれた。 『っっ』 『なんだよ大雅。そんな驚いた顔して』 『あ、静か…。終わった?』 『終わった。あれ?その消しゴムどうしたの?』 『あ、あぁ、試験の時に借りてたやつ。返し忘れて…』 『ふーん。こんな所で待ってても会えるかわかんないよね?どうするの?』 『そうだよね…』 消しゴムを返す。でも、手元に置いておきたい気もする。 『相手が合格してたら入学式とかでまた会えるんじゃない?その時返せば?もうあげたものだと思ってるかもしれないけどな』 『そうだね…』 合格してればまた会える。 そう思って消しゴムをギュッと握ってポケットに入れた。

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