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第6話・淫鬼。(前編)

「今夜はここで少し休ませてもらおう」  男は巷ではちょっとした評判の狩人で、猪や狼を狩って売りに出歩いている猟師だった。  猟師としてこれまで培ってきた筋肉質で引き締まった肉体美は、着物を着ていてもわかるほどだ。  外はしとしと雨が降っている。  山奥にひっそりと佇む荒れ寺を見つけ、お堂の中に足を踏み入れた。  今は夜もすっかり更けている。遠くの方では犬の遠吠えが聞こえる。  ごうごうと雷鳴が轟く。  男はずいぶん疲れていた。  手にしていた火縄銃を横に置くと、濡れた身体をそのままに、仰向けになってしとしとと振り続ける雨音を子守歌にして眠りについた。  いったいどれくらいの時間をそうやって眠っていただろう。  ぴちゃ、ぴちゃ。  水が滴る音が聞こえる。  男はふと目を覚ました。  きっとこの荒れ寺のどこかが雨漏りを起こしているに違いない。  気になりながらもうつらうつらと目を閉じる。  たしかめようとも、身体はなぜか鉛のように重く、微動だにできなかったのだ。  ぴちゃ、ぴちゃ。  また、雨音が聞こえる。  その雨音に混じって、何かを引き摺るような音も聞こえてきた。  ずり、ずり……。  ぴちゃ、ぴちゃ。  どうにも耳を澄まして聞いていると、こちらへ向かって来ている気がする。  何かが這ってくるような音は四つの四肢の何かだと、男は理解した。  狼のたぐいだろうか。  狼の遠吠えも聞こえていたし、荒れ寺にいてもおかしい話ではない。  なにぶん、夜はすっかり更けている。  この雨の中だ。  獣たちも雨宿りをする場所を探しているのだろう。  だったらこの火縄銃で相手をしてやろう。  そう思うものの、男の身体はやはり鉛のように重く、動けない。  しかし、どうもおかしい。  身体がびくとも動かない。  まるで金縛りにあったかのようだ。 (化け物か)  こういった荒れ寺にはいくつかの因縁めいた怪談話がよく浮上しているからだ。  この金地張りを解く方法は、何者にも屈しない精神で打ち破ることだ。  男にとって、こういったことに巻き込まれるのは慣れていた。  それというのも、獣が動く深夜こそが猟師にとって都合の良い時間帯だったからだ。  必然的にこういった類に出会すことが多々あった。  男は目を見開き、自分に渇を入れると火縄銃を手に身体を起こす。  それは二本の角を持つ、男よりも一回りは大きな身体をした鬼だった。  四つん這いになってこちらへ向かって来ている。 「出たな、化け物!」  目の前に向けて火縄銃を撃てば――。

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