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第1話

「・・・・またこの時期が来てしまった」 そう呟いて暫く。龍国の王である高 寵姫(こう・ちょうき)はこめかみを押さえたまま本日数回目のため息を吐いた。 「・・・・・・・・・」 憂鬱だと言うが、一体何が憂鬱なんだ?と問われそうだが憂鬱だ。と言うよりも頭が痛い。 そんな事をつらつらと考えていたその時、蜜のような甘い匂いに彼は俯いていた顔を上げた。 「?」 「どうしたの?寵姫」 視界に映る桃色の髪がふわりと揺れる。 覚えのあるその顔に、寵姫の眉間の皺が僅かに緩んだ。 「・・・・・」 「何だか・・お疲れみたいだけど・・どうしたの?」 「・・これだ」 スイフォンの問いに肩肘をつきながら、寵姫は届いたばかりの文を山と積み上げている。 紐解かれたばかりの文を眺めながら「読んでもいいの?」とスイフォンが視線で問いかけてみれば、寵姫は返答の代わりに数度頷いた後、視線を背けるように目を閉じてしまった。 「・・なになに・・ああ。もうこの時期が来たのね・・」 「ああ・・」 「でも、どれもこれも内容は皆同じだわ・・?どうしてかしら・・?」 「・・・・・・・・」 「寵姫?」 「・・・・・・」 スイフォンは文を手にしたまま寵姫に視線を向けるも、これと言った返答は返って来ない。 「・・・寵姫?」 「・・・・普段は散り散りになっている我が国の部族の長が一挙に集う機会はこれしかない。分かっているんだが・・肝心の場所がな・・」 「・・決まらないの?」 首を傾げて問う彼女に対し、寵姫は返答の代わりにため息を吐いている。 その眉間には深く皺が刻まれており、どこから見ても機嫌が良さそうには見えなかったが、あえて気にしない振りをしたスイフォンは、再び送り返されてきた文に目を通してみることにしたのである。 そこにはこんなことが書かれていた。 (分かりやすい言葉に直してお伝えいたしまする~by塵煙(じんえん)) 『王の言葉は分かります。ですが、我が城を会議に使うのだけはおやめください。これ以上、城の修理費がかさめば官吏一同、路頭に迷ってしまいます』 『国王様。貴殿の申し上げたいことはよく分かります。ええ。本当に分かります。けど、うちは無理です。サーセン』 『我々、人魚族は川や湖といった海に面した場所でなければ、会議は難しいです。いつもいつも、長の為に大きな水瓶をご用意下さって感謝感激雨あられの境地でございます。ですが、このような場所に親愛なる王をはじめ、皆さまをお招きするのは私共にとりましても、非常に非常に心苦しいところでありまして・・ええ。ぶっちゃけ無理です』 『親愛なる我が王よ。貴殿の気持ちはよく分かる。我ら植物の血を引く全ての部族とて同じ意見である。だが、これまでの愚行、蛮行を省みるに、我が城はふさわしくないと考える。無理だ、あきらめてくれ』 『年に二回しか行わないはずなのに、何故とお思いかもしれないが、原因は何であるのか、王は痛い程その理由をご存じでしょう?青空の下で行われる会議も良いと思います。虫?気にしなきゃいいんです』 『洞窟の中で良ければ場所をお貸ししますが、落ち着きますかね?』 『王たるもの、場所ひとつ満足に用意も出来ないとは、民に笑われてしまいますよ?』 「・・・・・・・・・・・・・・・はぁ」 「みんな、大体同じこと書いているのよね・・」 「特に最後の文・・」 そう言いかけた寵姫の眉間に更に深い皺が刻まれる。唇に薬指を付けたまま一国の王を見下ろして笑う絽玖の姿を想像した彼は、本日十数回目の重い息を吐きだした。 「・・・くそっ・・!」 「・・・・うーん」 ひらひらと文を扇代わりに振りながら、スイフォンの唇が(くちばし)のように尖っていく。 「・・・それもこれも派手に暴れる奴らのせいだと頭では分かっているんだがな」 「・・・・そうよねえ・・」 そもそも。何故、こんなにも龍国の王である寵姫は頭を悩ませているのか? それには深くない訳がある。

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