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第2話

この世界には六つの国がある。その中で唯一、人間と異形の民が共存している国。 それが、龍を旗印に戦う龍国(りゅうこく)である。 数多くの種族が迫害を逃れるように、この地に隠れ住んだという歴史があるこの国は、土地の形状に合わせて民が村を作り、領地としている。 何世代にもわたってその地を護り暮らしてはいるが、警戒心はどの国の民よりも強く、また知らずに足を踏み入れたが最後、二度と戻ってこない者も過去に存在している。 これに頭を悩ませたのは他の誰でもない寵姫(ちょうき)州牧(しゅうぼく)達であった。 一応、地図はあるものの、集落や村といった居住地を示す目印が一切謎のままで、白紙になっている地も決して少なくない。 もうこの際、全てをはっきりさせようじゃないかと思った寵姫が、配下達に地図の書き換えを命じたとしても、この広大すぎる土地を彼らが全て回るには気が遠くなるほどの年月を要するに違いない。 だが、国の情勢が安定していない現在、それをどうこうしたいと思っていても現実的には無理な話だ。 国王や官吏達がいつも足を運び、全ての州や県に対し細かな目を配ることはとてもじゃないが難しい。 そこで、視察に向かえない牧や王直属の配下に代わり、各種族の代表者が族長となって、各地方の州牧との細かな連絡や国王への謁見などあらゆる作業を行っている。 そうして、年に二回開催される族長会議の場にて予算の配分や近況報告、夜盗の襲撃や災害が起きた際の復興への配慮等、様々な事を王に直接嘆願し、受け取った議案について「あーでもない。こうでもない」と皆で話し合い、最終的に族長全員の承認を持って国王が決定の印を押すという手法を取り入れているのだ。 他国との違いをひとつ述べてみるならば、反乱を起こし政権を奪った寵姫が同国に住む全ての民に対し 『この国の官吏登用試験を目指す者の、国。身分。種族。性別。年齢はすべて問わない。 ただし、ひとつだけ。職を問わず王宮に仕える全ての者が武器を持ち、その場にて即戦えるものとする。それが出来ない場合は即、官吏を辞するものとする』 と、呼びかけた事だろう。 それは衝撃的な出来事だった。 科挙を受ける事が出来るのは決まって貴族の身分を得た者。もしくは貴族の後ろ盾を得た者と六国の間で決まっていたからだ。 これは、寵姫自身が『国を護り進化に導くは人なり。得る機を逃せばそれだけ国の損失へと繋がっていく。重要なのは国の大きさではない。人を育てるも人であるなら、生かさずして殺すのもまた人なり。知識、技術、博愛。一つが秀でていても意味はない。 だが、それらを育て、広める事こそが重要であり、やがて大きな国の利益へと繋がっていく。国を太らせるのではない。民の持つ力を最大限に生かし、肥やせ、地を作る事こそが重要である。身分、国、種族のみに拘るは愚の骨頂。民あってこその国なのだ。熟した後に圧して攻めよ』という考えを持っているという事も理由のひとつではあるが、当時、政権は奪ったものの、治安も悪く民の安全が最大限保証出来ないだけでなく、これ幸いと他国がいつ戦を仕掛けてくるか分からない。 国内でも問題は日々増えていく。 先代の王を排除した寵姫に対し、先王派の貴族連中や民の動向も気にかかる。 この国は狭いように見えて何処までも広い。 北は摂氏零度(せっしれいど)の風が吹き、南は常夏の風が吹く。遥か彼方からその土地に住む異形の民。 人とは異なる容姿の者たちが一堂に会する地はこの国しかない。 地形に沿って東西南北に散らばっている民の数が多すぎて、全てを把握することは難しい。 もし、全ての部族が秘密裏に共闘関係を結び、自分に対し攻撃を仕掛けてきたら・・? もし、先王派の民が反乱を起こしたら? それだけではない。この国に紛れ込んでいる諜報員が民に蜂起(ほうき)を促し、これ幸いにとこの機に乗じて他国の将が攻め込んでくる可能性も大いにある。 そうなってしまえば謳い文句に踊らされるがまま、迫りくる民を前にして流す必要のない血を流さなくてはならなくなる。 ぐらぐらと揺れる足場の上で、そういった予測できない全ての事に対し、彼は目を光らせる必要があった。 そこで、反乱を防ぐ為に民をまとめることから始めることにしたというわけだ。 それから、官吏登用試験に合格した民は「これで晴れて官吏の道を歩めるんだ!」と思う暇も無く、武装した(よう)将軍が率いる龍国軍の配下に組み込まれ、厳しい鍛錬の日々を送ることになり、兵と共に鍛錬と模擬戦をこれでもかと繰り返した彼らは半年後にようやく解放され、官吏の仕事を教えてもらい、現在、全ての官吏は身分や職種を問わず、常に武装した状態で仕事に励んでいる。

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