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第3話

さて、話が逸れてしまったので戻すこととしよう。 そう、寵姫(ちょうき)が文を前にして頭を悩ませていたのは他でもない。 族長会議に出席する全ての者の交友関係である。 年に二回しか顔を合わさないのだから、全員仲良くしなさいよと頭では思っていても現実はそうそう上手くはいかない訳で。仲が良い者もいれば、当然の如く険悪な関係を保っている者もいる。 席をわざわざ離した状態にしても火花散る双方の関係に、彼はいつも頭を悩ませているのだ。 個人で会えば和やかに時が過ぎるのに、何故、集団で会えば互いに稲光が鳴るんだ!お前達は!と問題が起きる度に寵姫がいつも叱っているのだが、この時ばかりは彼のお説教もどこ吹く風。 会議用にと借りた城の部屋に美しい風穴をいくつも開けただけでは飽き足らず、高価な壺や必要な書物に至るまで、破壊の限りを尽くした犯妖達に対して修羅と化した寵姫がいくら彼らに拳骨を落しても効果は無く。 それどころか、互いに顔を『つーん』と背けながら座り込む始末。 当然、貸すたびにぶち壊されることを分かっている参加者は誰も会場を貸そうとはせず、会議が近づき始めた頃になって、ようやく彼の重い腰が上がるという。 「・・・仕方がない・・・今回も頭を下げるか・・うん?・・これは・・」 「寵姫?」  ふと目にした文の端に布の切れ端が引っかかっているのに気付いた寵姫の瞳が僅かに揺れる。 二重になった文の中に紛れるように、小さく折り畳まれた文に目を通す彼の横顔は真剣そのもので、そんな彼を前にしてスイフォンも口を挟むのを止めてしまった。 「・・・・・・・・・」 「・・スイフォン」 「ひとつ用事を頼めるか?」 「いいわよ?なあに?」 「奏幻(そうげん)をここに呼んでくれ」 「?」 そう話す寵姫の視線は、遥か彼方を向いているように見えた。  それから、各部族に文を出して暫く。 晴天の下、王都を離れ、二つの関所を通過した寵姫と奏幻は、のんびりとした足取りでポックリポックリと馬に揺られていた。 王都を出てからもう三日になる。 王なのに馬車を使わず馬に乗り、民の列に紛れるような形で関を通過したのは良いけれど、誰もかれもが王とは気づかず、後になって武将を連れた官吏が数名慌てた様子で「ばっ馬車を!馬車をお使いください~!」と必死の形相で駆けてくる光景をもう何度も目にしている奏幻は、本日数回目のため息を吐きながら前を見た。 先程もそうだった。 「私が怒られてしまいます~!」と半泣きの状態で追いかけてくる官吏に対し「ああ。良いから良いから」と軽く手を振り返す王にがっくりと項垂れる官吏達。 ああ無情劇場をこれでもかと見せられ続けてきた奏幻には相変わらずな光景だが、官吏達からしてみればそうはいかないだろう。  こう見えて、寵姫は一応『王』なのだから。 彼の前には同じように、のんびりと馬に揺られて進む寵姫の背が見える。 「ねえ。寵姫」 「なんだ?」 「良かったの?」 「何がだ?」 「城。あれにして」 「・・ああ。問題ない」 「ふうん・・」  そう話しながら寵姫を盗み見れば、彼の足に重なるように小柄な足がちらりと見える。 「・・・・荒れなければいいけど」 「奏幻」 「うん?」 「急ぐぞ。ついて来い」 「ん」  そう話して馬を速める寵姫に習い、奏幻もまた手綱を引く手に力を込めた。 そうして、馬を走らせること数時間後に、ようやく彼らは関を通過し町の中へと足を踏み入れることが出来たのである。 「・・・もう顔を出しても構わんぞ。宇那(うな)」  ポクポクと揺れる馬の背の上で声をかけた寵姫に合わせるように、膝まですっぽりと麻布を被った袋が揺れる。 もぞもぞと動くその袋から、やがて大きな瞳が顔を出した。 「・・・ぷは・・。ふう・・苦しかったですぅ~・・んん?」 「どうした?」 「ここはぁ?どこですかぁ・・」  さらさらと心地良い風が頬に触れる。 その心地良さに宇那と呼ばれた青年の瞳が揺れた。 「ここが今回の舞台だ・・年季は入っているが、城に変わりはない」 「はぁ~・・だからこんなにボロボロなんですねえ」 「・・・・・だからこそだ。壊す手間が省ける」 「ぶにゅ?」 「行くぞ。しっかり掴まっていろ」 「お土産、買えますかねえ~」 「そうだな。あとで町にでも寄るか」 「はい~」  袋にすっぽりと納まりながら、ニコニコと少年が微笑んでいる。 一方、寵姫の眼には、城門前にて拝礼の姿勢で王を待つ十数名の武将の腕が見えた。

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