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第4話

「・・陛下・・」 「ああ。挨拶は良い。それより馬を頼む」 「・・はっ」 「宇那(うな)」 「ぷひ?」 「馬から降りるぞ」 「ぶみ」 「奏幻(そうげん)」 「もう降りてる」 「馬を頼む」 「はっ」 馬を降りて歩く寵姫(ちょうき)達に合わせるかのように、官吏が数名、寵姫の元へと駆けてきたのは彼らが城内に足を踏み入れて直ぐの事であった。 「陛下」 「皆、揃っているか?」 「はっ」 「・・・あの頭痛の種もか・・?」 「ええ。あと・・」 「歩きながら話そう」 「ええ。絽軍の副将が夫妻でお越しです」 「そうか。奏幻」 「うん。聞いてる。問題ない。湯を沸かしてくれる?」 「承知しました」 「あの場所に誰も来ない部屋がいくつかあったはずだな。ひとつ貸し与えてくれ」 「はっ」 「・・・・」  不意に、寵姫は自身の帯にしがみ付こうとする腕に気が付いた。 「どうした?宇那」 「う・・うぁ」 見下ろせば、ぶるぶると震える拳が見える。 「臆すことはない。怖いなら袋を被っておけ」 「・・・・・・」 「・・大丈夫だ」  ポンポンと頭を撫でられる仕草に促されるように、寵姫の衣にしがみ付く宇那の足がゆっくりと動き始める。 その動きに合わせるように寵姫もまた前を向いて歩きだした。 回廊を抜けて廊下に出れば、数多くの部屋が並ぶ場所へと辿り着く。 ピリピリと伝わる緊張を肌に感じながら、三名は扉の前に立つ官吏の案内で開けられた扉の奥へと進むことにしたのである。  ギシイと軋む扉を開けると僅かに埃の舞う部屋が見えてくる。白い埃が舞う部屋をゆっくりと進めば、覚えのある赤い外套(がいとう)が見えた。 「・・・ご無沙汰いたしております。陛下」 拝礼の姿勢を取りながら頭を垂れる紅絇(こうく)に向かって、寵姫は手を軽く振るとそれを合図と見た紅絇の腕が下りた。 「ああ。紅絇か。九十九(つくも)はどうした?」 「外におります。呼んでまいりましょう」 「いや、待て。梨皛(りきょう)は来ているか?」 「こちらに。私の妻も一緒です」 そう話しながら、ゆっくりと近づいて来る影がある。 その者を見た瞬間、紅絇の鍵穴がギラリと光った。 「あぁー!」  先ほどまでの落ち着いた風貌(ふうぼう)は何処かに消えて。 急に紅絇の南京錠がガタガタと動き始めた。その動きに合わせるように、彼は梨皛の隣に立つ女性に視線を向けると、ズンズンとすさまじい速さで近づいて行く。 その姿は飼い主を見つけて走る子犬によく似ていた。 「えっ!」  猛スピードで女性に近づいたかと思えば、キュッと足首を捻りながら停止した紅絇は、ビョンビョンと跳ねるバネの如く、彼女の前で身体を左右に揺らしながら、勢いよく両手を天に掲げ始める。 その姿に女性の瞳が一際大きくなった。 「しょんな所にいたのかい?まいはにぃー!」 「ああ!もう・・!せっかく隠れてたのに!台無しじゃない!」 「どうしてさ!意味が分からないよ!お兄ちゃんだよ!お前の!美しくて強くて凛々しくてカッコいいお兄ちゃんじゃないか!血を分けた兄妹だ!何が不満なんだい!最近は文を送っても連絡してくれないし!」 「そんなの知らないわよ!興味ないもん!大体送りすぎなのよ!」 紅絇の熱烈なラブコールを前にして、女性がビシイィッと人差し指を前に出している。 その仕草に、紅絇の背がビクリと揺れた。 「ええ・・でっでも・・だっだってぇ・・」 「毎日毎日五十通以上の文をこれでもかと送ってきて!暇?暇なの?意味わかんないんだけど!」 「ぬぐぅぅぅぅ・・!そんなこと言う?お兄ちゃんに!お兄ちゃんにそんな事言っちゃう?毎日毎朝毎夜毎晩!お前の名前を呼び続けているお兄ちゃんに向かってぇ!」 「ああもう・・うっとおしい!」 「桃花ちゃぁぁぁん!」  ぶわりと南京錠と檻の隙間を縫うように、大量の涙と鼻水が頬を伝っていく。 言い忘れたが、この者は名を紅絇という。九十九が率いる蝙蝠(こうもり)族の副官であり、九十九の右腕ともいえる武将だ。 一方、そんな兄妹を前にして大柄な男が一名、両手をブンブンと振りながら、その場をなだめようと奮闘している。おそらく夫の梨皛だろう。 それにしてもこの男。大柄な体格とは裏腹に妻を前にすると、どうしても一回り小さく見えてしまうから不思議だ。

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