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第6話

奏幻(そうげん)」 「うん、分かってる。部屋を用意してもらったから、行こう」 「歩けそうか?」 「・・はい」 「ちょっと、ごめんね」 「え?」 奏幻の細い腕のどこにそんな力があったのか。 彼は桃花(とうか)の身体をひょいっと横抱きに抱えると、他の者には目もくれずにスタスタと歩き出した。 「あ・・」 「鳥をくれたら、北部に行ったのに・・無理するからだ」 「・・そう・・様・・ですが・・それでは・・」 「それ以上喋らないで。大丈夫」 「あ・・」 桃花の唇がふるりと揺れる。ぼんやりと霞む意識の中で二の句を告げようとする彼女の声を奏幻が静かに遮った。 「すみ・・ませ・・・」 ゆっくりと扉が閉じられていく。消えるその背を見ながら、梨皛(りきょう)は黙したまま頭を下げた。 「・・梨皛・・」 不意にゆらりと赤い風が吹き、その影に梨皛が気づいた頃には既に遅かった。 パラパラと数本の髪が床へと落ちる。 空を裂いて艶を帯びる匕首(ひしゅ)を見た梨皛の背が静かに凍った。 「っ!」 「・・ぐぅ・・!」 それは、一瞬の出来事であった。 匕首(ひしゅ)(ナイフのような武器)を手にした紅絇(こうく)が軽やかな動きで梨皛の喉元を突こうと腕を伸ばす。 突かれまいと後方に下がる梨皛の首を捉えようと、踵を返した紅絇の眼前にギラリと光る切っ先が見えた。 「・・やめろ・・紅絇」 「・・!?」 梨皛の喉元を突くように伸びた紅絇の動きを封じるように、寵姫(ちょうき)の腕が伸びる。 何事かと一瞬怯んだその隙を逃しはせぬと言わんばかりに腰を落とし踏み込んだ寵姫の刀が、紅絇の首を捉え、その動きを封じたのだ。 「・・・・・・・・・ぐ・・」 「・・・・・・・・・」 瞬きひとつ見せないまま紅絇を見つめる寵姫の瞳は笑っていない。 呼吸ひとつ乱さないまま、彼は紅絇の南京錠のその奥を見据えながら、ただ沈黙を貫いている。その不気味ともいえる間にゾクリと凍る何かを感じながら、紅絇は滑る汗をそのままに、唾をごくりと飲み込んだ。 「・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・」 少し動いただけで跳ね飛ばしてしまいそうな距離。 ぶわりと舞う澄んだ風にその場の誰もが息を飲み、言いようのない緊迫感だけが室内を包み込んでいく。 「その手を下ろせ。紅絇」 「ぐ・・」 「聞こえなかったのか?下ろせと言っている」 「・・・っ」 「何の騒ぎだ」 ゆっくりと扉が開いていく。その扉の奥から、ちらりと見える黒い外套に紅絇の南京錠がカチャリと揺れた。 「・・ぁ」 「武器を下ろせ。王の前だぞ」 「・・・っ」 「紅絇」 「・・・・・」 青年の静かなその声に、紅絇の指がゆっくりと下ろされていく。 力なく落とされた指を確認するや、寵姫もまた刀を鞘へと戻した。 「申し訳ありません。陛下」 青年が寵姫に対し拝礼の姿勢で深く目を閉じている。 彼の名は九十九(つくも)蝙蝠(こうもり)の血を引く蝙蝠族の代表を務めている。 華奢で小柄。透き通る金色の髪の毛先は緑色に染められている。整った鼻筋と意志の強さを秘めた大きな瞳が印象的な青年妖怪だ。 見た目は何処から見ても青年だがその年齢は百を優に超えている。 寵姫がその昔起こした反乱にて、当時、王族側に味方した彼らは反乱軍である寵姫に敗れ、首を跳ねられるだろうと誰もが考えていた。 王族に味方した者は誰であろうが敗者であり、罪妖となるは必然。長である自身だけでなく、一族もろとも静粛(せいしゅく)されるだろうと九十九も思っていた。 だが、寵姫が下した判決は意外にも、九十九の族長降格という処分のみであった。 女子供関わらず、誰もが命を落とすだろうと考えていた彼らにとって寵姫が下した判断は彼らに疑問符と言う名の間を与えたのも事実で。 その沈黙を破ったのは他でもない寵姫であった。 『おまえ自身が正しいと思ったのなら、これからもそれを貫けばいい』 彼は九十九にそう話すと、一族をまとめる長という名の役割は寵姫が受け持つが、全ては長であった九十九に一任すると告げ、それは現在も変わることなく続いている。 そんな彼の拝礼の姿勢を解こうと寵姫が軽く手を振り、頬を緩ませた。 「いい。気にするな。ああ。それと、紅絇」 「?」 「いや。あとにしよう」 「ふへっ?」 「気にするな」 「へっ・・ちょっ・・へっ陛下!」 スタスタと歩いて行く寵姫の背に向かって、紅絇が「ぬおおおっ」と両手を挙げている。 そんな彼に動じる様子を見せないまま、寵姫は梨皛に視線を向けた。

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