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第7話

梨皛(りきょう)、今回はお前が代理で来たのか?」 「いえ・・それが」 「?」 「ちゃんと来ておりますよ。陛下」 喉の奥から震えるような深みのある声が静かに響く。床まで伸びた長い衣を気にする風もなく悠然と扉から入って来るその姿に、寵姫(ちょうき)の整った眉が僅かに動いた。 「・・絽玖(りょく)」 「茊芪汕候(しきさんこう)絽玖(りょく)。北部より馳せ参じました」 拝礼の姿勢を取りながら、絽玖の顔が袖の奥に隠れていく。 長い睫毛が僅かに揺れた。 「ああ。ご苦労だっ・・」 それは、一瞬の出来事であった。 寵姫が全ての言葉を唱え終わらぬうちに、彼の真横を疾風(しっぷう)が駆け抜けて。 ぐぬぬと拳を揺らす寵姫の真後ろにて爆風が交わり、石の壁だけがパラパラと砕け散っていったのだ。 「・・おっ・・まえらぁぁああ・・」 「・・・・あっ・・嗚呼・・絽玖様ぁぁ・・」 「・・・・・変わりませんね・・あのお二方は・・」 腕を組みながら苦笑いを見せる紅絇(こうく)とは対照的に、梨皛は始終アワアワと両手で空を掻いている。 それを横目に、寵姫は軽い足取りで部族長の待つ端へと向かって行くと、こめかみを指で軽く押さえて目を閉じた。 「・・・・・・」 「陛下・・」 「ああ。大丈夫だ。問題ない」 寵姫が近づく寸前、端に控えていた部族長が一列に並び、拝礼の動作を行っている。 一様に頭を垂れるその様は、彼がこの国の王であることを如実に表していた。 「・・・馬鹿はひとまず捨て置くとして・・相変わらずですまんな。別の場にちゃんと席を設けてあるから、そっちに向かってくれ」 「御意に」 「梨皛。紅絇」 「はっ」 急に名を呼ばれた二名も同じように拳を重ね、拝礼の姿勢を取っている。 直立不動で共に瞳を閉じる彼らに向かって、寵姫は他の部族長と同じ部屋に向かうように告げると、退室を促した。 「さて・・」 腰に手を当てたまま、爆風を起こす主を見る。そうして、部屋の端にちょこんと置かれている麻袋にも視線を向けた。 白い砂埃が舞い上がる中でも微動だにしない所を見ると、もしかすると寝ているのかもしれない。そんなことを寵姫は思う。 「・・・・・相変わらず・・本気で殺しあっているのだから質が悪い」 呟いたところで、風の如き速さで剣を振りかざし戦う馬鹿二名には届きはしないと分かっているのだが、それでも火種が飛ばぬように目を光らせておく必要があるわけで。 そんなことをつらつらと考えながら、彼はパラパラと砕けて落ちる石の粒を気にする風も無く、麻袋に近づいて行った。 「宇那(うな)」 「はい~?」 寵姫の声に呼応するように麻袋から、灰色の髪がひょっこりと顔を出している。 宇那はキョロキョロと周囲を見渡すと、ほぉぉと驚きの声を上げた。 「穴が開いてますねえ。壁からお空が見えてますぅ」 「ああ。そうだな。何もなければ絶好の宴日和になりそうだが」 「はい~。夜も綺麗でしょうねえ」 「そうだな。宇那」 「ぷひ?」 「仕事だ。頼めるか」 「・・はい」 寵姫のその声に、とろけんばかりの笑みを浮かべながら、宇那が麻袋の中でゴソゴソと何かを手にしている。 その様を寵姫は口を挟むことなく眺めていたのだが、やがて爆風の先に視線を向けた。 「上手くいってもいかなくてもいい。後はお前に任せる」 「いいのですか?」 「ああ。構わん。少し灸をすえてやれ」 「(刈り取る)部位は?」 「お前に任せる」 その声に瞳を閉じたまま、宇那の口角が僅かに吊り上がる。 ゆっくりと瞼を持ち上げて見せたその表情に、寵姫の喉がごくりと唸った。 「・・終わったら、たっくさん。ほめてくださいね」 「ああ。終われば町にでも行くか」 「ああ。良いですねえ。じゃあ。俺から離れて下さい」 「ああ」 「・・・・・・・・」 そう告げた寵姫が足早に去り扉を開けるのを見届けて直ぐ、宇那は再度瞳を閉じると、一呼吸置いて後、纏っていた麻袋をバラバラに引き裂きながらビョンッと飛び跳ねた。 「っ!」 大きく開いた壁の隙間から降り注ぐ陽の光を浴びながら、灰色に染まる宇那の髪がはらりと落ちる。 瞬きひとつすることなくすさまじい速さで彼は絽玖の背後を狙うと、勢いを止める事無くその背に向かって斬りつけていった。 「ぐっ!」 咄嗟に踵を返した絽玖の剣に、宇那の武器が触れる度に刃先が擦れ、金属音が重みを増す。 その華奢な体躯と、か細い腕の何処にそのような力があるというのか。 落ちた岩を受け止めるかのようなその重圧に絽玖の口角が僅かに上がったのは言うまでも無かった。 「・・・っ」 放たれた一撃を寸での所で器用に交わし、絽玖が剣を薙ぐと、その動きに呼応するように宇那の足がビョンと飛び上がる。 宙に浮いたまま跳ねるバネを彷彿とさせる脚力でグルリと身体を反転させるとその勢いを殺すことなく、トンと片足を着地させるや否や、速度を緩めることなく絽玖の立つ方向へと向かって行った。 「・・・なっ!?」 半分浮いた状態で向かって来るとは想像すらしていなかった絽玖である。 宇那の軽い身のこなしを前にして一瞬出遅れた彼を待っていたのは、口角を挙げたまま腕を振るう宇那の不気味な笑みであった。

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