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第8話
「・・ぐっ」
再度、重い一撃を眼前にて受け止める絽玖 の双眸 が僅かに揺れる。
びりびりと痺れが伝う腕をそのままに、絽玖は宇那 の持つ妙な武器を跳ね飛ばす算段を付けなければならなかった。
―隙が無い。何処に狙いを向けたとしてもかわされてしまう。
かわされた瞬間に、宇那の放つ一撃が間違いなく飛んでくるだろう。
「これは・・まったく」
―王も性格が悪い。会議場所をこの城に選択したのは王だ。
最初から、灸をすえる為に宇那を連れてきたのだろう。
絽玖自身、表情を変える事無く淡々と物事をこなす王。寵姫 を前にして、なんともつまらないという感情を持っていたのは事実だ。
華奢 で繊細。透き通るような白い肌に、しなやかに伸びた指と小さくぷっくりとした唇。
意志の強さと野心を感じさせる荒々しい瞳。
その肌に化粧を施せば、さぞや紅も映えるだろう。
自分にはない色香を放つ寵姫を前にして、絽玖は「ほぅ」と感嘆の息を漏らしたのは事実で。
けして饒舌 ではない不器用な物言いも絽玖には面白く、それでいて興味を惹いた。
掴みたいのに指を伸ばせば透けて落ちてしまう。
砂上の欠片を彷彿とさせるその姿を前にして、絽玖はどうしても怒らせてみたいと思った。
どんな表情をするだろう?
あの美しい顔が変わるその瞬間を。
崩れる瞬間を見てみたい。
最初は、ただ興味が勝った。それだけだったのだが・・。
それなら暴れる相手が蝙蝠 族の九十九 でなくとも良かったのでは・・?と思うかもしれない。けれど、それはまた別の話だ。
絽玖と九十九。この二匹にはどれだけ裂いても離せない因縁めいた謎がある。
顔を合わせれば自然と足が動き、腕は柄を握らずにはいられない。
双方の血肉がどちらかの剣で貫かれない限り終わらない。
それは互いにとって、傾国や他国からの国土蹂躙よりも恐らく重要なことなのだ。
そんな関係でもあるから質が悪い。じゃれ合いといえども互いに本気で斬り合うことを喜びとしている事を知る寵姫からすれば、勘違いも甚だしい話である。
顔を合わさなければ会議も順調に終了し、皆で茶器を前にして穏やかに談笑する時間が十分に取れるというものを。
蝙蝠族と鷹族に関しては、族長以外の者を寄越せと寵姫自らが命じても命令なんぞどこ吹く風の二名は、毎回このような形で他の参加者に迷惑ばかりかけているのだから、まったくもって笑えない話である。
『こんな貴方も嫌いではありませんがね』
絽玖の口角が僅かに上がる。
やれやれ、こんな状況であっても楽しいと思えるのだから・・。
『それにしても・・』
手に負えなくなれば自ら剣を手に取り暴れまわる気の短い王が、今回、絽玖と九十九に向けて放った声の無い台詞。
乳繰り合うのもたいがいにしろという事なのだろう。
宇那の手にする武器は戟 (両刃を付けた槍と、刃を垂直に付けた戈を合わせた武器の事)に非常によく似ており、縦と横にそれぞれ形の異なる刃が取り付けられている。
ただ、戟に比べると柄は剣のように短く、時折ゆらゆらと回転しているように見えた。
「っ・・!」
ガンガンと重なり合う金属音特有の音が部屋中に響き渡っていく。
見た目に反して重い一撃を受け止める絽玖の眉はキリリと吊り上がり、険しい表情を向けたまま刃の先へと視線を向けた。
「・・・・・・・・・・・」
武器を手にしたまま伸びきった前髪の隙間を縫うように、こちらを見る眼がある。
ぎょろりと大きく見開いたそれは、瞬きひとつすることなく絽玖を捉えた。
「・・っ」
誰もが凍らずにはいられない程の冷気と共に、どろりと溶けそうな異質さが場を包み込む。
ぞくりとする静けさに絽玖の喉がごくりと鳴った。
「キヒッ」
「・・っ!」
ぶんっと腕を振り回し、絽玖が宇那の放った一撃を跳ね返す、と同時に冷たい汗が滑り落ちていく。
彼はふうと一度、息を吸い吐くと再び前を見た。
ゆらゆらと左右に揺れながら、だらりと伸びた腕をそのままに動く姿は何処から見ても異質そのもの。得体のしれない何かを前にして、剣を手にする絽玖の表情が僅かに締まった。
『相変わらず奇妙な男だ』
「・・お兄さん・・速いねえ・・強いねえ・・」
口角を吊り上げながら、無邪気に笑う宇那の瞳は笑ってはおらず、それがかえって不気味さを醸し出している。
「うん。いいなぁ。楽しいねえ」
「それは光栄ですね。・・宇那」
「あれぇ?お兄さん。僕の事、知ってるのぉ?」
「ええ。存じてますよ。今は立派な革職人だそうで。今度、あなたの品を一つ、買わせて頂きたいものです」
「ふふふ」
ニコニコと笑う宇那の手がゆっくりと持ちあがっていく。
その仕草を目にする絽玖は表情ひとつ変えることなく、ただ前を見ている。
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