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第9話
「・・・・・・・・・」
その時、白煙に紛れる様に、宇那の背後を狙い急襲する影がちらりと見えた。
絽玖 の態度は変わらない。彼は宇那 の背後で何者かが動く気配を微かに感じながら、ただゆっくりと瞬きを二度繰り返している。
「・・・・」
一瞬、床へと伸びたかに見えたその瞳は、再び、宇那の手首へと戻っていく。
「・・・・・・」
背筋が強張るような殺気と緊張感漂う室内で先に動いたのは、宇那の方であった。
宇那が振り回した武器の柄が遠心力で長く伸びる。
長棍ほどの長さに伸びたその武器を持つ宇那が踵を返し、ぶんと武器を横に振るや否や、背後を狙おうと構えていた九十九 の剣へとまっすぐに向かって行った。
「ぐっ!」
ガキンと一際高い音が響き渡り、彼は先程とは逆の方向へクルリと回転すると再度腕を振り、その勢いのまま、九十九へ向かって袈裟懸けに斬りつけたのだ。
「っ!」
「・・!」
宇那の刀が、九十九の首に触れそうになったその刹那。
眼前にいたはずの九十九の顔が消え、その速さに宇那の瞳が丸くなった。
「・・っ!」
九十九がのけ反り、その上を通過した刃は触れる事無く空を裂き、横へとずれる。
のけ反った体勢から一気に上体を屈ませると、彼は床に手を付き宇那の足首を狙うと数度足技を繰り出した。
「っ!」
九十九が繰り出した足技は宇那の足首を見事に突き、揺れた身体が前方に傾きかけた瞬間、袖の中から鉄笛が飛び出していった。
「っ!」
「ほぅ」
『この笛は・・もしや・・?』
そんな事を同時に思いながら、絽玖と九十九の瞳が大きくなる。彼らの瞳は同時に宇那が手にする笛の端に向いていた。
二名の視線を感じ取りながらも、いち早く態勢を戻した宇那が笛を手放そうとした瞬間、その動きを封じるかのように裂かれた衣が巻き付いた。
「!?」
「お遊びが過ぎますよ。宇那」
くすりと絽玖の口角が動く。瞬きひとつすることなく捉えた瞳は宇那の指に向けられたままだ。
「せめて一曲くらい吹かせてほしかったなぁ」
間延びした口調でそう話しながら、宇那が鉄笛を眺めている。
「ね?」
「?」
『こんな時に笛だと・・?』
九十九の眉間に皺が寄る。
「あいつ・・一体何考えて・・」
「・・・来ますよ。九十九」
眉間に皺を寄せる九十九の隣で、絽玖が剣を握り直している。
長く伸びた裾が邪魔であったのだろう。
彼は先ほどまで身に着けていた衣を一枚脱ぎ、軽装姿になると深く息を吸い吐いた。
『・・・珍しい・・』
何があっても呼吸と服を乱すことのない絽玖が、縫い付けた重りを剥ぎ取った姿で、上体を低くし剣を構えている。
その姿を目にするのは久しぶりだと思いながら、九十九が息を潜めたまま絽玖に問いかけた。
『それ程の相手か?あの餓鬼は』
『・・・餓鬼と侮れば怪我をしますよ。二年前に流れた噂を忘れましたか?』
『二年前?ああ。王があいつの親玉の腕を飛ばしたっつうあれか?』
『それよりずっと前ですよ』
『・・前?』
『龍国南部で野犬が出たでしょう?』
ひそひそと話す声は宇那には届かない。
二名は互いに距離を取りながらも視線を離そうとはしなかった。
『ああ?そっちかよ』
『あれを一人で引き起こしたのは、そこに居る宇那ですよ』
顎でクイッと示しながら話す絽玖の表情に笑みは浮かばない。
声色こそ穏やかだが、その表情は鷹そのものに見えた。
夜盗が多数出没し、龍国と鼠国、猪国の国境付近の村を立て続けに襲う事件が起きたのは、今から遡る事、約四年前の話になる。
当時の猪 国と狼 国は、国同士の領土を争う為の小競り合いが続いており、その戦いで数多くの兵が命を落としていった。
戦乱に巻き込まれた城や村の多くは根こそぎ焼かれ、その戦乱に乗じて村を襲った兵達は戦利品として略奪を繰り返し、その地に住む娘を犯し持ち去ることを忘れなかった。
もはやこれは戦いとは言えず、単なる殺戮に他ないが、戦乱の最中ではそのような言葉が通じるはずも無く、村や城へと押し入った後はありとあらゆるところから悲鳴や怒号が絶えず飛び交う地獄絵図が繰り広げられていた事だけは確かであった。
数年に渡った小競り合いはやがて終わりを迎えたものの、戦乱に巻き込まれた村で命からがら生き延びた者たちが寄り集まって徒党を組み、夜盗となって近隣の村を襲い、略奪と誘拐を繰り返していったのだ。
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