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第12話

「じゃ、その腕一本、貰うとするか」 「では、私は足を頂きますよ」 絽玖(りょく)が告げた声を合図に疾風が駆け抜けて、爆音とともに城が揺れ、灰色の霧が視界を覆い、崩れ落ちた壁からはパラパラと砕けた石の壁の欠片が絶えず落ちていく。 「・・・・っう・・」 「ぐ・・・」 額を伝う朱が顎へと落ちる。 九十九(つくも)が弾き飛ばした鉄笛の衝撃を直に受けたのだと宇那(うな)自身が気付くまで、そうそう時間はかからなかった。 宇那の放った鉄笛は投げた瞬間に浮力を維持したまま、その形を板状へと変化させていき、グルグルと独楽(こま)のような動きと共に仕込んだ刃が広がり、離れた相手の首を狩る。 『まだ試作品だが良ければ使え』と言って頭領から渡されたその武器は、物が物だけに気軽に扱えるわけも無くそのままになっていたところを今回、宇那が手にすることになったのだ。 宇那が投げたその笛は高速回転を繰り返しながら、絽玖の方へと飛んで行った。 それを寸での所で手にした剣で九十九が受け止め、剣を笛の動きに合わせながら自らもクルクルと腕を回し、その回転力を利用して宇那の立つ地へとその笛を飛ばしたのである。 同時に絽玖が眼前から姿を消し、宇那自身、気付いた頃には絽玖の持つ剣の柄で腹部を三度強打され、受け止める隙さえ与えられないまま、今度は絽玖の回し蹴りを直に受けていたのだ。 反撃を与える暇も無く飛んだ鉄笛は斜め後ろの壁を破壊し、白く染まった視界に紛れるように近づいた九十九が振り上げた剣は、迷うことなく宇那の肩へと落ちていった。 その動きに合わせるように、剣を手に身を翻した絽玖の剣が宇那の胸部を狙うように飛んでいく。 「ぐっ・・・」 「お痛が過ぎますよ。宇那」 受けた衝撃でずるずると崩れ落ちていく宇那を前にして、九十九の影が静かに揺れた。 絽玖は何も言葉を話そうとはせず、ずっと宇那の首筋に剣を当てたままだ。 カツカツと無機質な石の上を擦る九十九の靴音だけが、不気味な音を奏でている。 「腕。貰うぞ」 底冷えのするような声色で、九十九が呟く。 その様子に宇那の瞳が大きく揺れ、何度もいやいやと許しを請うように首を静かに振っている。 「・・・・・・・・・」 「・・・・・ひ・・」 九十九は上体を屈ませると無言で宇那に近づき、細く伸びた腕をゆっくりと持ち上げるとねじる様に圧し折った。 「・・・・・ぅぅぅ!」 大きく見開いた瞳は左右に揺れ、薄く開いた唇からはふうふうと荒い息が漏れている。 全身からは汗が吹き出し、ガチガチと震える顎をどうすることも出来ないまま、そこに佇んでいる。 ふうふうと喘ぐ息を耳にして、伸ばした剣をそのままに腰を落とした絽玖が、そっと宇那の顎に手を伸ばした。 「嗚呼・・いいですね。宇那」 その声はどこか艶を帯び、とろけるような甘さを秘めているように見える。 「・・・・・・・っ」 「先ほどの貴方の息。恐怖を知らないあなたのその声だけで勃ってしまいそうだ」 ゾクリとするような低い声が宇那の耳へと届き、同時に困惑の色が広がっていった。 「・・・・・・・?」 頬を何度も優しい手つきで摩りながら話す絽玖の声は、何処までも甘く切ない。 愛おしさを隠すように話す声とは逆に、伸びたその剣はゆっくりと宇那の首筋を這うように進んでいる。 十分に研いだその刃が宇那の首筋に触れる度に、鮮やかな朱がポタリと落ちた。 ―これは、なんだ? これは一体何だと思うものの、明確な答えが浮かんでこない。 分からない。けれど近づいてはいけない。頭が、誰かがそう話している。 絽玖が伸ばした腕も、指も、何かを含むような表情も、まとわりつくような視線も・・全て。 赤と群青を混ぜた色が、植物の枝葉のように伸びて四肢を奪おうと伸びてくる。 逃げなくてはいけないと思うのに、逃げることが出来ない―・・ ・・・これは、なんだ? 絽玖のしなやかな指が宇那の耳たぶを擦る度にガクガクと宇那の足首が揺れ、身をよじろうとするものの、絽玖の腕に押さえられている為か上手く動かすことが出来ない。 「嗚呼。いけませんよ。宇那」 「・・っ」 『悪食(あくじき)が・・』 そんな二名を前にして、九十九がひっそりと悪態を吐くも、絽玖自身には届かないままだ。

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