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第13話

腕でどうにかして跳ね返そうとしても、先ほど折られた右腕はだらりと伸びるだけで動きそうもない。 吹き出した汗のせいで衣が肌にべったりと張り付いてしまっている。 ―今まで出会った誰とも違う。全てが違う。こんな顔は見た事が無い。 痛みよりも答えの見えない薄気味悪さだけが色濃く残り、不快感を強くしていた。 ―逃げなくては・・! そんな考えが脳裏を過る。ここに居てはいけないと先ほどから警鐘が鳴り響いている。 どうにかして逃れたいと、宇那(うな)は何よりも早く四肢を動かした。 「・・っ!・・やっ・・やだっ!・・いやだ!」 「さっさと済ませろ。そして再戦だ」 「ああ。分かってる」 大きく背筋を伸ばしながら話す九十九(つくも)の声に動じる様子を見せないまま、絽玖(りょく)は薄く開いた唇から赤い舌先をちろりと出して、ニヤリと口角を上げて笑っている。 その冷えた絽玖の笑みに、宇那の背がゾクリと震えた。 「・・・・ひ・・ぃ・・・」 「・・・・・・・・・・・・・」 冷えていたはずの瞳に淫猥さを含む紫の光が重なろうとしている。 恍惚とした視線で宇那を見る絽玖の瞳は、どこまでも優しい。 宇那に近づく度に絽玖の胸元から糖蜜にも似た甘い匂いがふわりと香り、宇那の鼻孔をくすぐっていく。これが戦闘の最中で無かったのならきっと甘い時間になっていたに違いない。 濃厚で、それでいて甘く優しい。 けれど、宇那を見る絽玖の瞳は獲物を狩る鷹そのもので、穏やかなのにけして笑っていない。 その瞳からどうにかして逃れようと顔を逸らそうとするも、石のように固まってしまい上手く動かすことが出来なかった。 「・・・っ・・」 ジワジワとにじり寄ってくる絽玖の指を目で追いながら頬を揺らす宇那に対して、絽玖はフンと鼻で笑うと瞬きせずに宇那の瞳をジッと見つめている。 ジッと見つめられる度に宇那の額から顎へと汗が伝い、やがてそれは頬へと落ちた。 「・・・嗚呼、漆黒に濁る瞳に恐怖の藍が混ざり合っている。陽に当たればさぞや深みを増すだろう。嗚呼、これは悪くない。私好みの良い眼だ」 「・・・・・・」 「ふむ。肌の色も悪くない・・・髪も、まぁ・・及第点といった所か」 「・・・・?」 頭から爪先まで舐めるように見つめる絽玖の瞳。ここから逃れることの出来ない恐怖感だけが宇那の感情を支配しようとその腕を伸ばしてくる。 ガクガクと全身を震わせながら、いやいやと首を振ろうにもぴったりと張り付いた剣のおかげで鈍い痛みだけが増え、その度に線が生まれ赤い弧を描いた。 ねっとりと湿り気を帯びた不快感だけが宇那を包み込み、まるで絡みつく蛇のように宇那自身を縛り、放してくれそうもない。 「・・・何だ?請わんのか?放してほしければ潤ませてみせろ」 絽玖の放つ低く深みのある声が、宇那の耳を塞ぐように近づいて来る。 その音に声に出せない息を零しながら、宇那はただ首を横へと振った。 「鳴き方も忘れたか?」 「・・・・ぅ・・」 「それとも・・鳴かせてほしいのか?」 不意にくぐもった声が耳の奥へと響き、その息に宇那の肩がびくりと強張った。 ぴちゃぴちゃと耳たぶを舐めたかと思うと、はむはむと甘噛みを繰り返すその唇に、ぞわぞわと宇那の背筋が強張っていく。全身に立った鳥肌をどうすることも出来ないまま、目を閉じようとする宇那の行為を邪魔するように、絽玖の指が宇那の髪へと伸びた。 「・・ぐっ・・!」 「ああ。いけませんよ。宇那。せっかくの美しい眼球を閉じてしまっては・・」 クスクスと笑いながら、宇那の反応を楽しむ絽玖に飽きたのか、先ほどまで近くにいたはずの九十九の姿はそこには無く、少し離れた所で先ほどまで宇那が手にしていた武器を興味深そうに眺めている。 「・・・・・う・・・ぐ・・・」

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