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第16話

寵姫(ちょうき)?」 「少し話をしてくる。すぐに戻る」 「?」 振り返ることなく呟いたその声に首を傾げつつも、奏幻(そうげん)は視線を桃花(とうか)へと戻すと一息ついた後、先ほどまで煮沸消毒を行っていた道具を片付けようとその手を伸ばした。 「陛下」 パタンと扉を開けた先に立っていた者。それは隣の城で戦っていたはずの絽玖(りょく)であった。 「・・・絽玖」 「おふざけが過ぎますよ。陛下」 そう話す絽玖の声は変わらない。彼は静かに目を閉じる宇那(うな)を大事そうに抱きかかえたまま、眼前に立つ王を見た。 「・・そうか。だが、無事に会議を終えることが出来た。いつもなら場を移しても乱入してくるお前たちに手を焼いていたことは事実だからな。宇那に感謝せねば」 「・・・・・・・」 寵姫の声に動じる様子も見せないまま、その場に立つ絽玖の全身からは声の代わりに、僅かな怒りが沸々と湧き出ている。 彼は一呼吸置くように、ふうと息を吐くと扉に視線を向けた。 「奏幻は中に?」 「ああ。桃花も一緒だ」 「では、場を移しましょう。気を失っているとはいえ、彼もまた男性ですから。女性の・・それも身重の女性と一緒に寝かせるわけにはいきませんからね」 そう話して踵を返す絽玖の背を見る寵姫の瞳が、少しばかり大きくなった。 「・・知っていたのか?」 「何がです?ええ。知っていましたよ」 「・・・領地に奏幻を呼んでも構わないと言っていたのですがね。気を使ったのでしょう」 『機嫌が悪い・・当然と言えば当然か』 そんな事を寵姫は思う。 共に歩きながら宇那に視線を向けると、首から滲み出る赤い血が見えた。 「場に感謝するのですね。陛下。これが他国の間者や敵であったなら、間違いなく殺していましたよ」 「ああ」 「何故、この子を連れてきたのです?他にもっとマシなのがいたでしょうに」 「珍しいな。お前がそれを気にするとは・・・・ん?」 「なんです?」 「お前、いつも頭にくっついている奴はどうした?」 「ああ。うるさいので置いてきました。最近はあの周辺も物騒になりましたからね。あんな布でも居ないよりはマシでしょう」 「・・・布・・ねえ・・」 少しからかって遊ぶだけのつもりが、蝋燭(ろうそく)に火がついてしまったのだろう。 燻ったままの火を前にして、含んだ怒りを鎮めるよりも先に宇那を連れてきた張本人に文句の一つでも言ってやらねば気がすまない。 そう言いたげな背を前にして、寵姫はフッと目を閉じると宇那の足に視線を向けた。 「絽玖」 「はい?」 「宇那はこちらで預かろう。渡してくれ」 寵姫のその声に、眉間に皺を寄せた彼であったが、軽く息を吐くとしぶしぶといった様子で宇那を手渡すことにした。 「ああ、確かに・・ん?」 宇那を抱く寵姫の眉間に皺が寄る。良く見れば彼の視線は右腕に向かっていた。 「・・折ったのか?」 「ええ。これでもう二度とこんな馬鹿げた依頼など受けようとは思わないでしょう」 そんな事を飄々と言ってのける絽玖に、ふうと息を吐きながら 「本当に、相変わらずだな。お前たちは」 と呟いたきり、それ以上何も言おうとはしなかった。 「次は、貴方が直接おいでなさい」 「?」 「こんな駒など使わず、直接足を運びなさい。でなければ、手折れる花も簡単に折る事すら出来はしませんよ」 「・・ああ」 「では、預けましたよ」 「ああ」 「いつまで滞在の予定で?」 「そうだな。宇那の怪我を見てから考えるつもりだ」 そう話す寵姫の言葉に反応してか、絽玖の眉間に皺が出来る。 「・・と、申されますと?」 「約束、したからな。街へ行くと」 宇那に視線を落としながら話す寵姫の瞳は何処か優しさを含んでおり、その表情をジッと眺めながら、絽玖は敢えて何も話すことなく瞳を閉じた。 「・・・・・・」 「約束は、守らねば」 「・・そうですか」 「お前は?戻るのか?」 「ええ。これから九十九と再戦です。また近々お伺いする事もあるでしょう。では」 静かにそう呟いて悠然と去る背を見つめながら、寵姫は本日何度目かの息を吸い吐いた。 この後、寵姫に頼まれて様子を見に部屋へと足を運んだ奏幻が宇那を見て頭を抱え、飲み込んでいた感情を数日後に寵姫が全て受け止める羽目になったのは言うまでもない。

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