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第2話

  「テディ君おかえり」 「……はい。ただいま、です」 「今日さー、俺が食べたいものを作ろうと思うんだけど。いいかな?」  車に乗ったテディがゆるりと首を傾げる。真ん丸な瞳が不思議そうに瞬いた。 「僕になぜきくのですか?」 「テディにも食べてもらいたいし」 「……僕はなんでもいいです」  興味をなくしたように、テディはお行儀よく前を向いた。車内は広くて全く揺れない。とても快適である。 「あれ」  窓の外を見て、テディが怪訝な声をあげた。 「あの、道を間違えてます」  春太を見上げて窓の外を指す。 「いいの。今日はこっちだから」  春太は優しく黒髪を撫ぜると笑った。 「テディはきっと、一度も行ったことのない場所だよ」  臙脂色の制服から伸びる手がぎゅっと握りこまれる。テディは緊張したように、視線を前にした。 「あっとっは〜。隠し味のチョコ、ココア、インスタントコーヒー!」  がやがやと煩いスーパーのなかを、春太は慣れたようにカートを押していく。ぽいぽいとカゴに商品を入れる手つきに迷いはない。  その隣では、大きな瞳をあちこちに向けて、テディがぴったりとくっついていた。  春太の裾をぎゅっと握りしめているのが可愛い。 「テディー。なにか欲しいのある?」 「……ない、です」 「ほんとうに〜?」  テディの視線はお菓子コーナーに釘付けだ。そちらに向かうと、ある商品の前で足取りが緩やかになる。  日曜の朝にやっている、戦隊モノがプリントされたお菓子が目に入った。  ベルトをつけたら変身して、悪の組織と戦うヒーローだ。 「これ欲しい?」 「……いりません」 「なんで?」 「ひつようないからです」  五歳のくせに、我慢をよく知っている。テディは子供特有の甘い口調で大人のように話す。  春太は柔らかい髪の毛を撫ぜると、お菓子を見るためにしゃがんだ。 「そっか。でもさ、俺は最初からこれが狙いだったんだよね」  ぱちくりと紫の眼が瞬く。 「んー。だけど数が多すぎるなあ」  ぽん、と手を打つと、春太はテディを振り返った。 「どれがいいと思う?」 「えっ」  急に尋ねられたテディは、うろうろと視線を彷徨わせる。そして、小さな人差し指が、ちょんと一つのお菓子をさした。 「これ、人気です」 「そうなの?」 「はい。みんな、このキーホルダーを持ってます」  なるほどなあと納得した。今の園児はこのキーホルダーを持っていると仲間になれるのだろう。そして、テディはきっと、その輪に入れない。  仲間の証であるキーホルダーがないからだ。 「じゃあこれにしよっと。へえー。シークレットが三つもあるんだな」 「……すごく、当てるのむずかしいです」  テディがの眉がしょんもりと下がっている。春太はからりと笑い、ぽいぽいっと、カゴにあるだけお菓子を投入した。 「えっ」  背後で驚きの声が上がるが気にしない。どうせ集めるならコンプリートした方がいい。 「家に帰ったら早速あけよう」  春太の言葉に、テディは迷いながらも頷いた。瞳がわずかに輝いていた。

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