6 / 40

第3話

   チープな味のポテトチップスはよけて、テディの目は銀色の包みに向けられていた。 「あけてみてよ」 「でも、これがほしいのは春太さんでは?」 「うーん、たしかに」  春太はわざと宙を見上げて唸った。そして、手を叩くとにっこり笑う。 「俺のこと、これから春太って呼んでくれるなら全部あげるよ」 「えっ」  小さな体が動きを止める。 「はるたーって呼んでよ」 「でも、大人を呼び捨てにはできません」 「じゃあ、はるちゃんは?」 「……うぅ」  距離を詰めると、おろおろとテディが目をそらす。そして、顔を俯かせて呟いた。 「はる、ちゃん」 「いいね」  じわじわとテディの顔が赤く染まる。その肌に手で触れたら火傷しそうなほど。 「じゃあこれあげるよ」 「ッ!」  弾かれたようにテディが顔を上げた。おそるとそると受け取った手で、大切な宝物を覗くように袋をあける。  そして出てきたのは、赤い戦闘服を身につけた二頭身のキーホルダー。 「わあっ! リーダー!」 「ふーん」  これがリーダーかあ。リーダーの頭部には犬の耳が生えていた。今作は動物をモチーフにしているみたいだ。 「カバンにつけてあげようか?」 「……はい」  テディは控えめに喜ぶと、そそくさと自室に向かう。そして、カバンを持ってきた。 「いい感じだね」 「ありがとうございます」  ぎゅうっとカバンを抱きしめる姿は、春太の心を満たした。 「じゃあ次の開けよっか」  ガサゴソと袋を漁る手が止められる。小さな手を辿ると、困ったうような顔をしてテディが見ていた。眉が八の字に垂れている。 「おやつは一日にひとつにするべきです。大人でもからだに悪いことは、しちゃうとよくないです」  正論だった。しゅんと萎れる春太に、テディがお兄さんのように諭す。  どちらが大人なのか分からない。  その日から、春太とテディには毎日ひとつの楽しみができた。  幼稚園から家に帰るまで、テディはいつもわくわくしている。  今日は何がでるかな? シークレットだったら嬉しいな。  そんな声が聞こえてきそうだ。  テディのカバンには着実とキーホルダーがふえていて、中には被るものもあったが、それも大切に部屋に飾られていた。 「おいしいです」  そして、春太お手製のカレーライスも大好評だ。  春太はカレーが大好物だ。でも、三日続けば他のなにかを挟みたくなる。だけどテディは、毎日カレーライスがいいと言った。 「幼稚園で食べるのと、ぜんぜんちがいます」  そりゃあそうだろう。春太はにんまりと笑った。今日は隠し味にココアをいれた。テディは甘いのが好きだ。カレーの辛みをまろやかにして、コクをだしてくれる。  市販のルーで手早く作るときの味方だ。 「幼稚園は楽しい?」 「はい」  即答に感情が乗っていない。最近は楽しそうな顔を見ていたから、なおさらわかりやすかった。  多分、楽しくないのだろう。  ルークは誰もが知っている大企業の跡取りだった。本社はイギリスにあり、ルークは現在、日本で展開している外資系企業の社長をしている。  そんな親をもつテディは、金持ちしか通えない幼稚園に通っていた。そこは大学まであるが、賢くなければ進級できないと有名なところだった。  毎日持ち帰ってくる宿題もなかなか手強い。  お金持ちはお金持ちの苦労がある。それを垣間見た気分だ。 「食べ終わったら、勉強して、お風呂に入ろうな」 「はい」  まだまだ心の距離は遠い。でも少しずつ懐いている手応えは感じていた。  春太が来るまでは、広くて寂しいリビングで、一人過ごしていたのだろうか。  あの日見た光景を思い返した。ぽつんと寂しく、背景に溶け込んでしまいそうな子供の横顔を。  夜になり、ルークが帰宅する。いつ見ても完璧な美貌は疲れひとつない。 「あの、今日もご飯いりません?」 「必要ない」  ルークは一瞥もせずに言うと、さっさと自室へと消えていった。  残されたカレーが可哀想だ。せっかく、大人向けにインスタントコーヒーを隠し味にしたのに。  春太は一口食べて嘆息する。こんなに美味しいものを食べないなど、あの男は馬鹿である。

ともだちにシェアしよう!