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第2話
体液なら、血でなくてもいい。
その言葉に嘘はないらしく、右京も同じことを言っていた。
──体を繋げてしまえば、味も関係ないですし。早い話ではあるんですがね。
電話越しに右京が呆れた声音で話す。
──なんせ|相手《吸血鬼》は、|こちら《人間》を餌としか認識しておりませんので。
──家畜とまぐわえと言われるようなものなのでしょう。
と、淡々と見解を述べていた。
特にルークは純血の吸血鬼だ。幼少期から人間は餌なのだと、教えられて生きてきたという。
右京が語るには、これでもマシになったと言っていた。
出会ったばかりの頃は、『家畜と会話はしないものだ』と言われたそうだ。ルークが馬鹿正直に、真顔で言っているのが簡単に想像できた。
そして、
「んっ」
口付けを当然のようにしてくる彼が、最近では無垢な子供のように思える。
朝、仕事に行く前に。夜、帰宅してからすぐに。そして、眠る前に。
ルークは一日に三度も口付けをねだる。そして、春太が腰砕けになる頃、ようやく離してくれた。
悶々とする日々が続く。
右京の言葉が植え付けた疑問。ルークの戯れのような口付け。
一つ一つが、春太の少ない頭を悩ませている。そして今日、さらに悩みは深くなった。
「おかえり、テディ」
春太は車に乗る小さな体を抱きしめようとして、違和感に気づく。テディが何かを堪えるように、一人の少年を見ていた。
悔しそうに、悲しそうに、唇を噛み締めている。
視線の先には、見るからに餓鬼大将と言いたくなるような、体の大きな子供がいた。
周りには手下のように、一回り体の小さな子供たちがついてまわっている。
テディの視線に気づいた体の大きな子供が、こちらを見て馬鹿にしたように笑った。その手にあったのは、テディがなくしたシークレットのストラップ。
「まさか」
「……はるちゃん?」
冷たい声音だった。徐々に近づいてくるその子供を視線が追う。春太が車から下りようとしたとき、テディが悲痛な声をあげた。
「やめてっ!」
「っ、テディ?」
「……やめて。はるちゃん。……ごめんなさい。でも、僕とあの子のお話だから」
その台詞にハッとした。
──俺は今、何を考えた?
目の前で起きているのは、テディと彼の問題だ。
なのに春太は、かつての自分を思い返した。大切なものを奪われて、目の前で破かれた時。
写真が風に攫われるのを見て、胸が破かれたような痛みを味わった。
──男が好きとかキッモ。
いつの日かの言葉が蘇る。春太は無理矢理に意識を逸らすと、テディの頭をぽんぽんと優しく叩く。
「ごめん。止めてくれてありがとうな、テディ」
「ううん。僕も。……怒ってくれて、ありがとう」
はにかんだテディの笑顔が眩しくて、逃げるように顔を伏せた。
──違う。違うんだよ、テディ。
──俺は今、テディのためじゃなくて、自分のために怒ったんだ。
──かつて、奪われるばかりだった、過去の自分を救いたくて。
右京の言葉が蘇る。
──自身の過去を重ねているだけでしょ?
全くその通りだ。春太は、ルークとテディを通して、自分のことを見ていた。
大人になった春太が、幼い春太を、今なら守ってやれるからと。
「ごめん、テディ」
小さな頭を揺らして、テディは不思議そうに春太を見ていた。
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