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ゴミ、小さな勇気と変化に戸惑う。
小さな変化はテディにも起きていた。
幼稚園に向かうときの表情は、戦場に向かうかのように、張り詰めていて重い。
そして降園後は、いつもならすぐ車へやってくるのに、ここ最近は少しだけ遅れてくる。
かくいう今日もそうだ。
「テディ。大丈夫かな」
駐車場には他にも迎えの車が停車している。だがそれも、時間が経つにつれて数を減らしていった。
「……俺、迎えに行ってくるね」
専属の運転手もどこか不安げだ。
春太はそう言うと、足早に車をおりて、駐車場と繋がる門へと向かう。
「あ! 先生こんにちは。あの、テディが車に戻ってこないんですが」
門にはテディのクラス担任がいた。彼女は他の園児を見送る手を止めて瞠目する。少し前に門から見送ったと言うのだ。
ここから駐車場に向かう途中で、寄り道をしているのかもしれない。
春太は了承を得ると担任と一緒にテディを探した。
駐車場は門を出て右手にある。私有地のため、誰かが侵入するのは難しいが、何が起こるか分からない。
春太は建物の裏へと向かった。隠れるとしたら、ここら辺しか思いつかなかったのだ。
この二階建ての建物は、迎えに来た保護者たちが休憩をする場所だ。駐車場に隣接していて、門を出てくる子供たちを、大きな窓から見ることができる。
整備された裏道を進むと、「かえしてっ」と叫ぶテディの声が聞こえた。
弾かれたように体が駆ける。角を曲がると、例の少年と対峙するテディがいた。
「これは俺が拾ったんだ。おまえに、返すわけねーだろ」
「……それは。はるちゃんが、僕のために」
「はるちゃん?」
少年が不思議そうに首を傾げる。そして、意地の悪い笑顔をうかべた。
「ふーん。ちびのテディには、おかーさん、いないもんな」
テディの大きな瞳が見開く。カバンの紐をぎゅっと握りしめて、ゆっくりと顔を俯けてしまう。
春太は泣いてしまいそうなテディを、そっと抱きしめて胸に押し付けた。
「テディ見つけた。帰ろう。迎えに来たよ」
「……っ、はるちゃん」
テディは春田を見て瞠目する。そして、すんすんと鼻を鳴らし首に抱きついた。
小さな体を優しく包み込む。心無い言葉から守るように。
「……そのストラップは、君がもらえばいいよ」
呆然と見上げる少年に言うと、春太はテディに囁いた。
「テディ。今日さ、スーパーによってお菓子を買おうよ。また、シークレットでるかなーってさ。毎日楽しみに帰るのも悪くないじゃん?」
こくこく、と顔を埋めたままテディが頷く。
強いなと思った。春太にはないものを、テディは持っている。向き合う勇気がなくて、やめての一言も言えなくて、ただ我慢するだけ。
そしていつからか、痛みに鈍感なふりをして、ヘラヘラと笑うようになった。
「……よく頑張った。帰りにクレープでも食べちゃおっか」
頭を撫ぜながらそう言うと、テディが鼻声で笑う。
「……ふふっ。でもごはん、たべれなく、なっちゃうよ」
こんなときでもしっかりしている。そういうところは、ルークに似ていると春太は思った。
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