28 / 40

第2話

   ルークの後ろについていきながら、見上げると口が開いてしまうほど高層のホテルに足を踏み入れる。  春太を迎え入れたロビーは、開放的で緑に溢れていた。  和と洋の見事な共存に感嘆する。  床には真紅の絨毯が敷き詰められており、天井からぶら下がるシャンデリアは、上品に煌めき空間をライトアップしていた。  嫌でもわかる高級感溢れる作りに、テレビで見た事のあるホテルだと気づいた。  確か、飾られる植物は、季節ごとに変わるだとか。  テレビで紹介されていた時には、桜が美しく飾られていて、綺麗なものだなぁと思ったものだ。同時に、一泊いくらなのかとも考えた。 「ルーク様。お待ちしておりました」  品よく挨拶にきた支配人は、上質なスーツに身を包んでおり、にこやかに微笑んでいる。  ルークは慣れたように手をあげると、視線をくれることなく通り過ぎ様に命令した。  支配人は気分を害した様子もない。  それどころか、うっとりとしている。  ルークは生まれながらにして傅かれる王者なのだと、初めて目にして理解した。 「暫く部屋に篭る。人間は最上階に入れるな」 「かしこまりました」  おかしな言葉の応酬に、春太は支配人もルーク側の人間なのだと察する。  春太が想像するよりも、吸血鬼に関係する者は多いのかもしれない。  柔らかなブラウンを貴重とし、細かい彫刻が施されたエレベーターで最上階を目指す。  到着するまで全く音がしなかった。春太がこれまで乗ってきたエレベーターとは、段違いに早くて嫌な浮遊感もない。  流石、一流だと馬鹿みたいな感想が浮かぶ。 「着いたぞ。……気分が悪くなったら我慢せずに言え」  エレベーターをおりて、廊下を突き進んだ最奥にある部屋の前。  ルークは扉を開ける前に、春太を振り返り注意をした。どういうことかと首を傾げるが、部屋に入るなり違和感に気づく。  酷く息苦しいのだ。  酸素の少ない場所に足を踏み入れたかのように、体が重くて、じっとりとした汗をかく。  心臓がドクドクと早鐘を打っており、まるで見えない肉食獣に、睨み付けられているかのようだ。 「帰るか?」 「大丈夫。……でも、この変な感覚ってなんなんだ?」 「テディだ。能力のコントロールができない。知らぬ間に、周囲を威圧している」 「……そんなことできるの?」 「吸血鬼なら誰でもできる」  異様な雰囲気はテディの能力が解放されているせいだという。  立っているだけでも体が怠い。その状態で歩けばどうなるか。  春太は足をもつれさせて転び、ルークに抱き起こされた。 「やはり無理か。帰るぞ」 「待って」  せめて、テディに声をかけてからにして欲しい。  目を逸らさずに懇願すると、またしてもルークは嘆息した。だが、親切にも春太を抱き上げて、テディの部屋の前に運んでくれる。  春太は自分の足で立つと、上品な薄い青色の扉を控えめに叩いた。 「……テディ? 春太だよ。来るの遅くなってごめんな? 俺、テディが大変なこと全然知らなくて、バカみたいに帰ってくるの待ってたんだ」  話しかけても返事はない。  けれど、扉を隔てた向こう側で気配がする。 「なあルーク。開けちゃダメ?」 「テディ次第だ。落ち着いているならば構わないが、いつ吸血の発作が起こるか分からない」 「……そっか。……テディ聞こえる? 大丈夫そうなら、少しでもいいから顔を見たいんだけど」  テディの返事を待つ。けれど、やはり何も反応がない。  どうしたものかと春太が溜息を吐きかけた時、小さな声が聞こえた。 「……ぃの?」 「テディ! ごめん、扉越しだと上手く聞こえないんだ。もう一回言ってくれるか?」  扉に縋りついてお願いすると、少ししてさっきよりも大きな声が聞こえる。 「……はるちゃんは、僕が怖くないの?」 「なんで? 今は吸血鬼になったばかりで体がビックリしてるだけだろ? テディはテディだ。落ち着けばまた一緒にテレビ見たりお風呂入ったり遊べるだろ?」 「でも、僕……血を飲まないと生きていけないんだよ」 「……っ」  テディの声が震えていた。  そうだよな。以前の自分と変わってしまうのに、不安にならないわけが無い。  テディの痛みを想像すると、春太まで泣きそうになってしまい、笑声が震えそうになる。 「……テディはもしかして自分が化け物になったと思ってるのか? 俺たち人間だって、他の命を貰って生きてるよ。……それに比べたら、血をちょっと飲むだけのテディは蚊みたいなものだ」  必死になって、無い頭を使ってフォローする。  蚊と同列にされたルークに、ギロリと見下ろされて、春太は慌てて弁解した。  だって、本当にそうじゃないか。  春太たちを含めた動物は何かを犠牲にして生きている。命を貰っている。  それに比べたら、少しだけ血を渡すぐらい造作もない。  そう言い訳すると、ルークは呆れた。 「……僕、人を襲っちゃうかもしれない」 「大丈夫。ゆっくり慣れていけばいい。訓練したら大丈夫だってルークが言ってた。……そうなんだよな?」 「ああ。時間が経てば嫌でも慣れてくる。少しばかし腹が減ることに、慣れるようなものだ」  ルークの肯定に、春太は喜色を浮かべてテディを慰めた。 「ほら! それに俺もテディが大丈夫だって、自信をもてるようになるまで傍にいるから。……テディの顔がみたいよ。苦しいって言われるまで力いっぱい抱きしめたい」  少し前までの何気ないやり取りが、眩しくて懐かしくて、鼻の奥がつんとする。  それはテディも同じだったのか、扉の奥から鼻をすする音がした。 「僕もはるちゃんに、っ、あいたい」  その時、隣りに立っていたルークが、鍵を取り出した。そして、外側につけられた鍵穴に差し込み解錠する。  開かれた扉の先には、 春太と同じように、涙に濡れた瞳を大きく見開くテディがいた。  数日ぶりに見た姿は、記憶よりも窶れていて、小さな体はますます痩せていた。 「あぁ、テディ……っ」  不安で怖くて、どんなに辛かっただろう。  痩けてしまった頬を優しく包む。大きな目の下にはくっきりと隈があった。  怪我はないかと、腕に収まってしまう小さな体を確かめる。 「はるちゃん、っ、くすぐったいよ」 「ごめん。テディ、独りにしてごめんな」 「……ううん。……来てくれて、ありがとう。……はるちゃんは僕のヒーローなんだね」  テディが嬉しそうにはにかんで、胸に顔を埋める。  春太は小さな頭にキスをした。  そして、テディの暖かい体温を享受する。 「暫く私がそばに居る。好きなだけ話せばいい」  気を使うなど辞書になさそうなルークがそう言ったのは、お互いに涙も乾いてきた頃だった。

ともだちにシェアしよう!