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ゴミ、テディの母と会う。

  「あっ、はるちゃん!」  幼稚園の玄関から、テディが春太を見つけて破顔する。  春太がしゃがみこみ両手を広げると、小さな体が胸の中に飛び込んだ。 「おかえりー。テディ」 「うん、ただいま」  ぐりぐりと顔を押し付けてくるテディを撫でると、周囲から微笑ましげな視線が注がれた。  春太はそれに気づくと頬を赤らめ、テディを抱き上げながら頭をさげる。  これまでは周囲に遠慮をして車の中で待っていた。  けれど、テディとじゅんきの一件があってからは堂々と、門の前で待つことにしたのだ。  脱色した金髪にピアスの穴が沢山空いてる男では、浮いてしまうかと思っていたが案外そうでもない。  これまで培ってきた「他人に合わせる」という技が、意外な形で生かされた。  初めは警戒心を抱かれていたが、愛想良く微笑んで、テディと抱きしめ合うこと数日。  いつの間にか春太は「テディのお兄さん」と呼ばれるようになった。  最近では、迎えに来たママさんやパパさんと、他愛のないお話をする。  保護者の情報網は凄まじい。  特に最近話題なのは、学期末の三月に行われる、お遊戯会についてだ。  テディは来年から、めでたくも小学生になる。だから今年のお遊戯会は、幼稚園最後の集大成なのだ。 「じゃあ車に行こうか」 「あっ、待って。……じゅんき君、ばいばい」  テディが振り返り、こちらを見ていたじゅんきに微笑しながら手を振る。  じゅんきは耳まで赤く染めると「じゃあな」と、面映ゆげに応えて、顔を隠すように爺やの手を引いた。  春太は笑いを噛み殺しながら、爺やに頭を下げて車へと向かう。  後部座席に乗り込むとテディに問いかけた。 「今日はどうだった? 楽しかった?」 「……ふふ。うん、楽しかった」  ゆっくりと瞬きして、何かを思い出しながらテディが笑う。以前とは違う光景だ。義務的に答えるのではなく、何があったのか噛み締めるようにして笑う。  そんな美少年の甘い笑顔は攻撃力が凄まじい。  春太の胸がきゅんとして、思わず抱きしめようと手を伸ばしかけた時。  だが、ハッとしたように、テディの笑顔が引っ込んだ。 「でも今日、ちょっと危なかった……です」 「ん?」  おずおずと手を引っ込ませて春太が首を傾げる。  なぜ、敬語? そんな疑問を抱くと、テディが眉を八の字にした。 「クラスの子が転んで、膝から血が出ちゃったの。……それを見た時に、心臓がどくどくいってた」  もしかしたら、目が赤くなっちゃったかもしれない。  テディは悄然として呟いた。  春太は慰めるように頭を撫でて「大丈夫だよ」と励ます。  能天気でも無責任でもなく、本当に大丈夫なのだ。  なんせ、テディが通っている幼稚園は、吸血鬼の縁者や関係者が半数を占めているのだから。  一般人の方が少ないぐらいだとルークが言っていた。  虎牙や右京もここの幼稚園に入園し、大学を卒業したらしい。  それだけじゃなく、テディのクラス担任は婚約者が吸血鬼である。  だからどんな事でも相談してくださいとまで言われた。頼もしいが、同時に今までの常識が覆った気分だ。  御伽噺だと思っていた吸血鬼は至る所に存在していて、誰もが知る有名校は吸血鬼御用達なのだから。  だが、春太は俯くテディに提案した。心配ならルークに力の抑え方を聞いたらいいと。 「でも、パパは忙しいから」 「最近早く帰ってくるし、大丈夫じゃないかな」  もじもじと膝を擦り合わせてテディが悩む。  確かに以前のルークなら、同じように春太も悩んだ。  だが、あの日。春太の過去を話してから、ルークの態度が軟化した。なんだか冷たさが消えて、春太という存在を認めてくれたような気がするのだ。  昨日なんて夕方頃に帰ってきたと思えば、リビングで興味もないだろうテレビを見ていた。 その背中が何か話しかけてほしそうで、見るに見かねて春太がテディの宿題を見るようにお願いしたのだ。 「今日も宿題見てもらいなよ。ルークの教え方は上手だったんだろ?」 「うん。パパって、やっぱり頭いいんだね。……僕も頭良くなりたいなぁ」  テディって本当にいい子だな。  天使のようだと思わず胸が熱くなった。あんな冷たいルークを、純粋に慕うテディが天使といわずなんなのか。  真っ白な翼をつけたテディを想像して、春太は忘れかけていたことを思い出した。 「そうだ! 三月にお遊戯会するんだろう? テディはなんの役をやるの?」  ママさん達から今日の授業で配役が決まると事前に聞いていたのだ。  春太がウキウキしながら問うとテディが笑う。 「お星様だよ! じゅんき君は月の王子様」 「……うん?」 「僕、お星様Bをやるの」 「B……?」  お星様とは星の形をした被り物の真ん中をくり抜いて、すっぽりと頭に被るのだろうか?  それって一体どんな役だ。Bということは、AやCもいるのだろうか?  グルグル考える春太に気づかずに、嬉しそうなテディの説明は続く。  どうやら今度のお遊戯会では、有名な作品ではなく、オリジナルのお話を使うらしい。  月の王子様と星の臣下。太陽のお姫様と雲の付き人。  昼と夜が混ざり合う僅かな時に出会った二人が、恋に落ちるお話だそうだ。  悲しいお話なのかと思えばそうでもない。  夜の刻に太陽のお姫様を攫おうする月の王子様を、臣下があの手この手で止めたり、一方では王子様をもう一つの太陽にしてしまおうと企む、じゃじゃ馬なお姫様を付き人がお説教したり、そんなコメディ調なお話だ。  最後は、透明で姿は見えずとも、昼の刻も大好きなお姫様の傍に王子様は寄り添っていますよとハッピーエンドで幕を閉じると聞いて興味が湧いた。  テディの説明に聞き入っていると、あっという間にマンションにつく。  運転手に頭を下げて、テディと手を繋いでエントランスをくぐった。 「招待状は何枚もらったの?」  いっぱい誘えるなら、春太も行きたいなあ。そう思いながら尋ねると、テディが手を開いて笑う。 「五枚だよ。だから、はるちゃん見に来てね」 「やったー! いくいく! あとは、ルークと右京さんと虎牙さんにも来てもらうだろ?」 「来てくれるかな?」 「来てもらえるよ。だからお遊戯会の練習頑張ろうな」  なんてことを話しながら最上階につき、エレベーターから下りて歩き出した二人は、ぴたりと足を止めた。 「テディ?」 「ママ……」 「は?」  テディにつられて足を止めた春太は、紫の視線が見つめる先を見て瞠目する。  背が高くスラリとした黒髪の美人が、扉の前で振り返りこちらを見た。  露になる冷たそうな無表情が、初めて出会った頃のテディと似ている。  何よりテディの漏らした「ママ」の言葉に春太は察した。 「こ、こんにちは」  できるかぎり自然に見えるように挨拶をしたつもりだ。けれど、ひくりと引き攣った頬は素直に戸惑いを見せていた。

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