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ゴミ、別れた夫婦の復縁を望む。
「ああ、愛しい姫! どうか、僕と一緒に、月夜の舞踏会でワルツを踊りませんか」
春太の目前には、頭に星をつけたテディと、そんなテディを相手に声高々に手を伸ばすじゅんきが居る。
二月になり幼稚園ではお遊戯会の練習が始まったのだ。
最近の二人はこうしてお互いの家で練習をしている。今日はじゅんきが遊びに来ていた。
練習と言っても台詞が多いのは、月の王子様であるじゅんきだけだ。
テディの台詞は星の臣下Bらしく「おう!」や「いくぞ!」、「そうだそうだ」ぐらいである。
だが、劇中には歌と一緒にダンスもあるので、なかなかやることは多い。
そしてなにより、真剣な顔をして手足を振って踊るテディは死ぬほど可愛かった。
「どうだ?」
じゅんきが振り返り春太に感想を求める。スマホで撮影していた動画を保存すると右京に添付してメールした。
「とっても可愛かったよ」
「可愛いじゃ困るんだ!」
「んーでも、可愛いものは可愛いしねぇ〜」
じゅんきの言いたいことは分かる。相手が恋しいテディなだけに、熱が入っているのにも気づいていた。
ことある事に「姫役はテディが似合う」というものだから、嫌でもわかるというものだ。
だが、テディが可愛い春太はわざと意地悪をして、じゅんきを揶揄った。
「春太は何も分かってない。俺はかっこよくなりたいんだ」
「はいはい。小学生になれば嫌でもかっこよくなるよ。可愛いのは今だけなんだから堪能してもいいだろ?」
ぷくーっと頬を膨らませて怒る姿を、可愛いと言わずなんというのか。
くすくす笑いながらお菓子を出すと、二人は嬉しそうに手を洗いにいった。
テディに躾られてじゅんきも大変お行基がいい。
しばらくして戻ってくると、テディは春太の指を見て眉を下げる。指先には絆創膏が貼ってある。
「はるちゃん、怪我したの?」
「んー? これは肉じゃが作ろうとして失敗しただけだ」
「ふっ間抜けだ」
じゅんきの横槍にイラッとしつつ、その柔らか頬っぺを抓りながら、テディには笑顔をむける。
「……もし、僕の衣装を作るのが大変だったらすぐに相談してね? むりはしないでね」
「大丈夫だって! 任せろ!」
テディの鋭さは侮れない。
春太の怪我の原因は、お遊戯会の衣装作りの途中でできたものだった。
お裁縫は苦手でないものの、一から布を使って服を作った経験はなかった。右京からミシンを借りて、ネットや本を参考にどうにか作ってはいるが、気を抜くと怪我をしそうで危なっかしい。
世間のママさんやパパさんを心から尊敬する。
春太だって、テディに素晴らしく可愛い衣装を作ってあげたい。最後のお遊戯会をいい思い出にしてやりたい。
もはや意地である。
春太は今日も夜遅くまで作業をしていた。
魔法使いが着るような膝丈ほどのある黒いワンピースに、銀色や黄色の生地で作った星を縫い付けていく。
星の臣下の衣装は、このワンピースの下に黒のズボンを着用する。そして金銀青色のスパンコールで飾られたマントを羽織り、お星様がついた帽子を被れば完成だ。
比較的他のグループの衣装に比べれば簡単である。
だが、シンプルながらもお星様らしくキラキラさせましょうと、同じ星の臣下役をする子達のママさんの意気込みが凄い。
当然、春太も乗り気である。グループラインで逐一報告をし合いながら、今日もチクチクとお裁縫に勤しんだ。
だが、途中で寝落ちてしまったらしく、春太はリビングの扉が閉まる音で目を覚ました。
完全に眠りから覚めきらない状況で、隣に誰かが腰掛けたのを感じる。服越しに伝わる温度は少しだけ体温が低い。そして、春太の頬を撫でる手は大きくて骨ばっていた。
「ん……」
ルーク、と名前を呼びかけて霧散する。春太の唇に柔らかなものが触れた。
そっと離れていく温度に釣られて、春太の目蓋がゆるりと開かれる。
「……るーく。……きす、した?」
「……ああ」
唇に残る僅かな熱。緩慢な動きで唇に触れて確かめる。
すると、ルークが再び顔を近づけた。
「っん」
さっきよりもはっきりとキスをされて心臓が甘く震えた。ルークの高い鼻先が擽るように、春太の鼻と擦れ合い、角度を変えて何度も触れ合うだけのキスをされる。
「……どうしたの?」
「……」
どうしてキスをするのか、なにか意味があるのか……。
聞きたいことは沢山あった。
けれど、唇が離れたとき、呆然とした頭で呟いたのはそんな抽象的な言葉。
ルークの手はいまだに、困惑する春太の頬を甘く撫でていた。
「嫌じゃないのか?」
「……っ、それ今聞くのかよ」
「そうだな。……深いキスがしたい。いいか?」
「〜っ」
顔が熱くなって、羞恥で視線がうろうろとする。
春太にはルークも熱に浮かされているように見えた。紫の瞳がゆらゆらと波打っている。吸い込まれるよう見つめると、ルークの親指が下唇をなぞり口を開かせた。
そして、そっと重なってきた影に、春太は目を閉じる。
「っふ……ぁ、んう」
厚い舌が口内を舐めまわして、春太の舌と絡み合う。同時に頬を撫でていた手が耳へと移動をして擽るように触れた。
官能的な触れ方に、ぞくりと腰が震える。熱い呼気を吐き出す春太の瞳は涙に濡れていた。
「……ルーク」
「お前はキスをした時の顔は可愛い」
「……はっ」
瞠目する春太を置いてけぼりに、ルークは体勢を戻すとそんなことを言った。
燻った熱が吹き飛ぶような台詞に、春太は幻聴かと頭を悩ませる。
ルークの口から「可愛い」だなんて明日は槍でも降るのか? 冷静になれば、なんて傲慢な物言いかと思う。だが、今の春太にそんなことを考える余裕はなかった。
春太の思考がおかしな方向へ飛んだとき、ルークが残酷な形で引き戻した。
「明日、あいつに会ってくる」
「あいつって?」
「テディの母親だ」
「っ」
熱かった全身が冷水を浴びたように一気に冷めていく。「可愛い」と言われて浮かれていた自分が馬鹿みたいだった。
吸血鬼は血だけじゃなく、体液ならなんでもいいと知っていたはずなのに。
でも、狡いなあと思わずにはいられない。
なにもあんな甘い口付けなどしなくてもいいのに。
もっと作業的で冷々とした瞳を見せてくれたら、春太の心だって馬鹿みたいに舞い上がらなかったのだ。
「そっか。行ってらっしゃい」
これで二人が和解できるならそれが一番だ。自分だってそう望んで、ルークに話したんじゃないか。
春太は目を伏せて、口元だけに笑みをのせた。
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