35 / 40

ゴミ、初めてのお遊戯会に感動する。

  「よーし、テディ! 今日はお前が一番星だぞ〜!」 「んんっ、虎牙おじさん恥ずかしいよ」  虎牙に肩車をしてもらったテディが頬を赤くして俯く。周囲にはテディの同級生が居て、こちらを羨ましそうに見ている。  それを後ろから眺めていた春太は笑わずにはいられなかった。  お遊戯会当日は朝から大騒ぎだ。  まず早朝にやってきた虎牙は、脇にプロが持っていそうな高画質ビデオカメラを持っていた。  続けてやってきた右京もまた同じようにビデオカメラを持っており、どちらの物を使うのかで一悶着。  結局、春太の「どっちも撮ったらどうです?」の一言で解決した。だが、今度はどちらが可愛く撮れるかで勝負が始まった。  一方、ルークと春太は血を飲む飲まないで揉めたのだ。  人差し指から血を与えたっきりルークはまた拒んでいた。  そんなに嫌なら春太だってあげたくないが、何をそんなに意地を張っているのか分からない。  小さなテディだって渋々ながら僅かな血を飲んでいる。  初めて吸血したときは泣きそうな顔をしていたが、回数を重ねるにつれて「そういうもの」だと吸血鬼の本能が上回ったという。  テディの方がよっぽど理解があっていい子だ。  そう言ったことでまたしてもルークと口喧嘩になったが、一番大人かもしれないテディに止められて終わった。  そんなわけで、朝から一悶着も二悶着もあったわけだが、なんとか会場に辿り着いた。 「皆さんお久しぶりです」  席に座って待っていると夏帆がやってきた。勿論右京達と彼女は顔見知りである。  虎牙は大袈裟なほど驚いてみせると、ルークの肩に腕を回した。 「おい、復縁か? つーことは、春太はいいのかよ。なら俺にちょーだい──」  なにやら顔を突き合わせて二人が話しているが、春太にまで声が届かない。  そして急にルークが虎牙の顔を鷲掴みにした。  突然のことに春太が目を丸くして、引き剥がすためにルークの右手に触れる。 「ちょっと、なにやってるんだよ」 「……ふん」  春太に怒られてようやく手を離したルークは、鼻をならすなり顎をつんと上向けて腕を組む。偉そうな姿が様になっていて春太は呆れた。  お調子者である虎牙にも注意は忘れない。 「虎牙さんも今日はテディの活躍の場ですから静かに!」 「えーん! ママぁ、俺の可愛い春太が小姑になったよ〜」  虎牙は嘘泣きをして、左隣に座っている右京に抱きついた。 「誰がママだ。お前のような息子は御免だ」  だが、体をくっつける寸前に、右京の右手が虎牙の顔を押し返す。「ぐえっ」と情けない声が上がった。だが、そんな情けない顔をしていても虎牙の顔は相変わらずかっこいい。  そう思った時、春太の視界を遮るようにルークが腕を引いた。 「いつまであの馬鹿を見ているんだ」 「え? いや、別に」 「お前が見るべきは舞台だろう」 「でもまだまだ時間あるよ?」  なんで、ルークは怒っているのだろう?  不思議に思い首を傾げると、右隣からクスッと笑う声がした。  振り返ると夏帆が微笑みを浮かべて、春太とルークのやり取りを見ている。 「本当に仲がいいんですね」 「そうですか?」  仲がいいというより、機嫌が悪くなった大型猫の相手をしているようだ。  春太の頭の中で巨大な猫をあやす自分を浮かべて胸がスッとした。  だが、改めて思う。  こうしてこの場所に皆が集まることが奇跡だと。  数ヶ月前までならありえない光景だった。  だってルークは春太をゴミとして扱い、テディは自分の殻にこもり、春太は自分を持っていなかった。  だが少しずつ日常がかわり出して、傷つけあうこともあったけど、なぜかその居場所を大切に思っていた。  今日はテディにとって特別な日になるだろう。でも、春太にとっても最初で最後の特別な日であった。 「はじまるぞ」  物思いにふけっていた春太の耳元でルークが囁く。ありがとうと囁き返すと春太は舞台を見上げた。  そして、幕が上がり春太の大好きなテディが登場したのを見て息を呑む。  隣に座る夏帆を見ると微笑まれた。 「やっぱり貴方が作った衣装を着るべきだと思ったので」 「〜ッ」 「あ。でも、スパンコールは私も少しだけ手伝わせていただきました」  舞台で満面の笑みを浮かべるテディは、間違いなく春太が作った衣装を身につけていた。  夏帆の気遣いに胸が締め付けられて、思わず涙が込み上げる。  泣きそうになり俯くと、膝の上で握りしめられた拳に大きな手が重なった。 「泣いていたらあっという間に見逃すぞ」 「……っ、ん。別に、泣いてないし」  服の袖で涙を拭うと、春太は憎まれ口を叩いてテディを見つめた。  テディと一緒に練習を頑張っていたじゅんきも応援する。  月の王子様を窘めるために、星の臣下が勢揃いになって踊るシーンは、弾けるような可愛さだった。  子供にしか表現出来ない今だけの愛らしさ。  ルークの言うとおりだ。泣いていたら見逃してしまう。春太は幕が閉じる最後まで、光に照らされるテディを見守った。 「はるちゃーん!」  お遊戯会が終わったあと。衣装を着たテディが駆けてくる。春太がいつものようにしゃがみこんで腕を広げると、胸に小さな体が飛び込んだ。 「僕、ちゃんとできてた?」 「うん! テディが一番大きな星だったよ」 「うふふ。うれしいっ」  ぐりぐりと頭を擦り付けてテディが笑う。すると、隣にルークがやってきた。 「あ、パパ……」  顔を上げたテディがモジモジしながら見上げた。二人は交換日記を通して色んな話をするようになった。  だが、こうして直接話す時は照れくさいのか、言葉を交わすことは少ない。  いつもはテディから一言二言話しかけるのだが、今日は珍しいことにルークから声をかけた。 「よくやった」 「っ!」 「……まあ、頑張ったんじゃないのか」  ぶっきらぼうにそれだけを言うと、テディの頭を撫でる。  一方テディはルークの言葉を噛み締めるように理解すると、途端にぐしゃりと涙を流した。  ぎょっとしたのはルークだけじゃない。一緒に春太も驚いて、あわあわと腕を動かす。 「ど、どうしたの? ルークの手が痛かった!?」 「私は優しく撫でたぞっ」 「あっ、そうやって怒るから!」  春太とルークが揉めると、小さな手が二人の手をぎゅっと握る。 「ちがうのッ」  ぐずぐずと鼻を啜りながら、テディは泣きながら笑った。 「ぼく、こんなに、幸せで……。胸が苦しいの、初めてだよっ」  ありがとう。ありがとう、と。何度もテディが口にする。 「ありがとうを言うのは俺の方だよ」  小さなテディにどれだけのものを貰っただろう。  じゅんきに立ち向かう後ろ姿。変態して恐ろしいのに気丈に振舞った横顔。変わってしまった自分を、ゆっくりでも受け入れていこうとする静かな強さ。  色んな姿や成長を見せてもらい、そのたびに春太は勇気をもらった。  テディを抱きしめて春太もありがとうと囁く。 「やっぱりはるちゃんは、僕のヒーローなんだよ」  ぎゅっと首に抱きつかれて、春太は思わず泣いてしまった。  それからは皆で写真を撮って、わずかな時間を満喫すると帰り支度をはじめる。 「あの春太さん」 「はい?」 「ご迷惑でなければ連絡先を交換しませんか」  申し訳なさそうに夏帆に聞くものだから、春太は笑ってスマホを取り出した。  電話番号を打って手渡すと、画面を見ていた夏帆が首を傾げる。 「……あっ。この最後の四桁が今日と同じ日」  夏帆の指摘に春太は苦笑を浮かべて頷いた。  そして、それは自分の誕生日なのだと呟く。自由に選べると言うから、何も思いつかなくてスタンダードに誕生日にした過去を思い返した。  すると、隣で聞いていた全員が動きを止めてこちらを凝視した。  どうしたのかと首を傾げると、虎牙に肩を掴まれて揺さぶられる。 「春太! 今日が誕生日なのか!?」 「え、はい」 「なんで早く言わねーんだよ」 「いやだって、誕生日を祝う歳でもないし」 「ばあか。そういう問題じゃねーの」  虎牙の指にデコピンされ、「あいたっ」と声を上げて春太はおでこを抑えた。  足元に抱きつくテディも、ぷくっと頬を膨らませていて怒っている。困ってしまいルークを見ると、ルークもどこか不満げだ。  腕を組んで冷たい瞳でこちらを見ている。  久しぶりに見た冷酷な表情に懐かしさを覚えて笑ってしまった。 「人の顔を見て笑うな」 「ごめんごめん」 「駄目だ。許さない」 「子供みたいなこと言わないで許してよ」 「許してほしいなら何か我儘を言ったらどうだ」 「へ?」  突然の言葉に目を瞬く。すると、ルークの隣で右京が頷いた。 「それはいい。何か我儘はないのですか? 何かしたいとか何処かに行きたいとか。……こうして皆が揃うのも珍しいですし、今から何処かに出掛けるのもいいではないですか」 「えっ、でも」  急に言われてもすぐには思いつかない。だが、そんな春太を逃がさないと言わんばかりに五人に見つめられて、気づけば口走っていた。 「えーっと、あの、水族館に行きたいですっ」  ぎゅっと手を握って叫ぶと、皆が「悪くないな」「行きますか」と乗り気になる。  あっという間に話が進んでしまいついていけない春太だが、テディが嬉しそうに飛び跳ねたのを見て落ち着いた。  夏帆だけは仕事があり来れないらしい。こうして集まることは最初で最後となるから残念に思う。  だが、また皆で行こうとテディと話している姿を見て、春太にとっては最後でも彼等にとっては当たり前となる日が来るのだと気づいた。  ……なら、最後の思い出に、今日だけはルークとテディを独り占めにしてもいいだろうか。  そんなことを考える自分が嫌いで、だけどもう嘘をつけない。羨ましくて仕方がないから。  夏帆が嫌な人間ならこんなことは思わなかった。  だけど、優しくて控えめでどこか自分と似たところがある彼女を、春太は嫌うことなどできない。 「どうした。水族館に行くのに嬉しくないのか。なぜそんな顔をする?」 「……ううん。なんでもないよ」  こうしてルークと話せるのもあと何回なのだろう。  顔を覗き込む彼を見て目を細めた。  昨日までは当然のように見えていた光景に、数字がカウントされたように見える。  それは春太がこの家を出ていくと、今決意したからなのだろう。  そうして春太は最後の思い出作りに皆と水族館に向かった。

ともだちにシェアしよう!