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ゴミ、水族館にやってくる。
都心にある水族館は、ビルの屋上にも水族館があるのが新しいと有名な場所だった。
テディは初めてきたので右に左にと顔を動かして忙しい。パンフレットを開きスケジュールを見ると、アシカのパフォーマンスや、動物に餌やりなんかもある。
ひとまず春太たちは、腹を満たすために軽食を購入してベンチに移動すると、頭を突き合わせてどこに行くか相談する。
「テディばっかじゃなくて春太も行きたいところあるなら言えよ?」
「はい。ありがとうございます」
さりげなく気遣われて胸がドキドキする。
こうして大人数で出かけたのは初めてだ。水族館には何度か来たことがあった。だが、どれを思い返しても、こんなにも胸が高揚したことは無い。
ふと、スケジュールを見ると「海月のライトアップ」に視線がとまる。
だが、そのライトアップは残念なことに、今しがた行くと決めたアシカのパフォーマンスと被っていた。
気になるけれど、一人で見てもつまらないし、皆で回る方がいい。諦めようとしたとき、ルークの長い指が春太の見ていた文章をなぞった。
「これに行きたいのか」
「ううん。大丈夫」
首を横に振るとルークが目を眇める。
「嘘をつくな。今日はお前のために来たんだ。遠慮をされていたら後で知った時にテディが落ち込む」
「あっ」
ルークの言うように話を聞いていたテディは、「はるちゃんが行きたいところに行こう?」と心配そうに提案する。
そんな大人びたテディだからこそ、春太だって楽しんで欲しいと思うのだ。
すると、右京と虎牙が同時に自分たちがテディを見ると言った。
「私の真似をしないで貰えるか?」
「いやいや、真似をしたのは右京だろー? 俺のが一秒早かったし」
「バカを言え。これだから単細胞は嫌になる」
そして、再び口喧嘩が始まった。
おずおずと止めに入ると、テディが「僕も二人と周りたい!」と手を上げる。
右京と虎牙は顔を見合わせると、またしても同時に春太を見た。
「ということですので、春太さんとルークは二人で回ればいいかと。ショーが終わりましたら、土産屋の前で待ち合わせましょう」
あっという間に右京が話を纏めてしまった。
罪悪感を抱きながらも素直な春太の胸は高鳴った。どんな形であれ好きな人とわずかな時間を二人きりで過ごせるのだ。
これをデートと呼ばずになんと呼ぶのか。
ルークを盗み見る。すると、表情をまったく変えずに見下ろされて、思わず嘆息した。
浮き足立っているのは自分だけなんだなあ、と痛感する。
それでもやっぱり嬉しいのだから嫌になる。
ルークと過ごせる二人きりの時間が待ち遠しかった。
だが、五人で館内を回るのも楽しくて目の前のことに夢中になる。
熱帯魚エリアではテディと春太が、あれもこれも可愛いとはしゃぎ大変だった。
大きな水槽が連なるエリアでは、視界いっぱいに広がる水の世界に感嘆した。
そうしているとあっという間に時間はすぎていく。
春太とルークは三人を見送ると、海月のエリアに向かった。
やけに隣が気になるのは春太だけだと分かっている。それでも気にせずにはいられず、どくどく煩い鼓動が聞こえてしまわないかと不安に思った。
「おい」
その時だ。ルークに肩を引かれてたたらを踏むと、目の前を小さな子供がかけて行く。上の空だった春太には足元が見えていなかった。
「危なっかしい。そんなに急がなくとも海月は逃げない」
「分かってるよ」
海月が気になっていたんじゃない。ルークが気になって、ドキドキが切なくて、息ができないほど緊張していたのだ。
全く想像もしていなさそうなルークに腹が立った。俺はルークが好きだからこんなにも一人で悩んでいる。
そう言えたら楽だろう。けれど、言ってしまえば最後、ルークに興味を失った瞳で見下ろされる気がした。
これまでルークに魅入った者は、全て捨てられてきたことを知っている。だから春太はこの想いは絶対に打ち明けないつもりだ。
このまま自分だけが大事にすればいい。
そう思った時、ルークが左手を出す。
「ほら」
「え?」
「手を繋げ。さっきのように事故にあったら困るだろ」
「っ」
これはルークにとってなんの意味もない事だ。何度も自分に言い聞かせて、差し出された手に右手を重ねる。緊張で指先が震えていた。きっと、ルークだって気づいたはずだ。
けれどルークは何も言わずに震える手を包み込む。
初めて繋いだ手は大きくて、やっぱり少しだけ温度が低い。
手を繋いで歩く二人を、野次馬のように見てくる者もいた。手の次にルークの顔をみると、あまりもの美貌に皆して口が開く。
同時に自分にも注がれるが、視線の意味を知るのが怖くて顔をあげられない。
釣り合っていない自分を見て、蔑まれていたら逃げ出したくなるだろうから。
俯いたままの春太だったが、海月のエリアについた途端、思わず声がでた。
「きれい」
恍惚な吐息と一緒に、なんの捻りもない感想がこぼれる。
美しい碧に彩られた空間を白い球体が泳いでいる。ふわりふわりと水の中を漂う様子は、何者にも犯せない美しさと神秘性が混在していた。
ライトアップが始まると、赤青紫黄色白と色とりどりの光が水を照らす。
ルークの手に引かれるがまま、水槽の近くまでやったきた春太は、先程の緊張も忘れて破顔した。
「ルーク綺麗だね」
「……」
水槽から視線をルークに写した春太はドキリと体が飛び跳ねた。
てっきり違う方を向いていると思っていたルークが、春太だけを真っ直ぐに見つめていたのだ。
「え、なに? なんかついてるかな……?」
「……私は」
恥ずかしくなって空いている手で口元を拭う。
するとルークがどこか緊張したような声音で囁いた。
「初めて綺麗というものが何かを知った」
「そうなの?」
「ああ。今初めて、お前を見て綺麗だと思った」
「──ッ!」
今の言葉は春太の妄想が生み出したものなのか。
急激にのぼっていく体温が春太の真っ白な肌を赤く染める。耳や項まで赤く染めた春太を見て、ルークは目を細めて笑んだ。
「お前といると、私はきっと楽しいのだろうな」
「……」
初めて見た笑顔に、喉の奥が締め付けられる。
美しい光に照らされて微笑む姿を一生忘れないと誓った。
もうこの先なにがあったって、春太はきっと一人でも強く生きていける。
「……ありがとう」
この一瞬一瞬が特別で何よりも尊い。
肌を通して混ざり合う体温のように、ひとつになれたらどれだけいいか。
息が止まってしまいそうなわずかな一瞬を春太は強く強く瞼に焼き付けた。
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