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【2】異能と側室

この国の貴族は、異能と呼ばれる特殊な力を持っている。 神によって与えられた尊き血筋に宿る神秘の力が異能だ。ゆえに平民が異能を持つことはない。 稀に異能持ちの平民がいるが、血筋をさかのぼれば貴族の火遊びや駆け落ちが該当する。 生粋の平民は異能を持ちえない。これは絶対だ。 貴族は自分たちの権利を守るために無駄に種をまくことを禁止している。これを守らない家は取り潰すこともある。 性欲や気持ちの満足感のために愛人を持つことは黙認されている。娼館通いだって問題ない。だが、子作りは特別なことだ。 王家が認めた人間同士でないと貴族は子供を作ってはならない。平民と違って自由恋愛など存在しない。 これが我が国における貴族の常識だ。 愛人ではなく、側室なら子供を産む相手と言えるが、相当の理由がなければ側室制度など使われない。カビが生えた古い制度だ。 家に側室を入れるということは、最初の妻に問題があると公表しているのと同じだ。 愛人ならば、欲望のはけ口だと目をつぶっても側室は許せないという貴族令嬢は多いだろう。だからこそ、側室がいる正妻を馬鹿にするのだ。自分はあんな負け犬にはならないと見下すことで線を引く。自分の夫は、自分を惨めな存在にしないと信じるために側室のいる正妻の陰口を叩く。 跡継ぎを産むという仕事を別の女に奪われるかもしれない危機感に女性たちは敏感だ。 女性たちの権利を守り、家同士の争いを防ぐためにも側室制度は事実上、使われない制度でなければならない。 表面上だけでも夫は妻だけを愛さなければならない。 神に誓いを立てたのだから、貞操は守らなければならない。 「何か問題があるか?」 カーヴルグスの当主である俺の旦那であるアリリオさまは、冷たい瞳で俺を見下ろす。感情の見えない彼の瞳が俺は苦手だ。 身籠ったと報告した俺に側室を迎え入れると言い放った。 相談ではない。決定だ。 当主はアリリオさまなので、お好きにどうぞと言うべきかもしれない。 当主の決定に一族の人間は従わなければならない。そういうものだ。が、子供が出来たのなら用済みと言わんばかりの態度はあまりにも愛がない。思いやりがない。どの角度から考えてもクズだ。 彼の父親から、弱い子だから支えてくれと言われたが、その必要はなさそうだ。俺の支えなど、彼は必要としていない。 側室として予定している女性の名前や家柄を教えられる。 社交界には、あかるくないので名前だけではピンとこない。 伯爵家の令嬢なので、公爵家の側室として問題ないのだろうと判断はできた。 明日にでも俺も含めて顔を合わせるらしい。 その話し合いに俺は必要なのだろうか。 「あなたの思う通りになさってください。アリリオさまが間違うことはありません。信じております」 ふざけんなクソ野郎と殴り掛かるだけの権利を俺は持っているのだが、いつも通りに従順な人間を装うことにした。 公爵というほぼ王族と言える由緒正しすぎる家柄のカーヴルグスに嫁入りした子爵の息子の俺に発言権などない。 夫婦になろうとも対等ではない。 愛されていたり、信頼を勝ち得ていたのならまた別だが、俺たちの間には何もない。 冷たすぎるアリリオさまの瞳を見つめ返すことは難しいので、口元のホクロを見つめる。キリっとした冷たさと厳しさ全開のアリリオさまをホクロがすこし緩和してくれている。 チャーミングとはこういうことなんだとアリリオさまの口元のホクロを見るたびに思う。 死ねゴミ野郎と言わないために体調がよくないと嘘を吐いて退室しようとしたが許しをくれない。 妊娠したので、寝室を分けるという話をしたら側室を入れると言い出した。性欲の権化だ。色男は一人寝が出来ないのかもしれない。それにしても無神経でおぞましい。 俺が男だから不当に差別されているのか、あるいは知らなかっただけで恋仲の女性がいたのだろうか。 俺が妊娠するまで側室を入れずに待っていたのが配慮だと言うのなら、気の使い方を間違っていると説教したい。彼には人の心がない。実際は何も言えずに微笑んでおくだけの腰抜けだ。 俺は表立って、彼を批難するだけの立場にあるというのに飲み込んでしまっている。 男だからか、今まで受けたあつかいのせいだろうか。

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