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【3】エビータの教え
旦那さまを立たせるべしというのが、エビータの教えだ。
安産という異能を持つエビータ一族の男として、俺はちょっとした有名人だった。
エビータは、とある侯爵家の後ろ盾がある子爵に過ぎない。
だが、異能という目に見える貴族の証明のためにこれ以上にない最高の力を持つ、特異な一族でもあった。
エビータは異能持ちを判別できる上に相手と自分の子供がどのぐらいの強い異能を持つかも分かる。
能力のメインはあくまでも安産なのだが、産むために必要となるタネの識別にも秀でていた。
男である俺は特に最強のタネを見つける能力が高い。
アリリオさまの父親である前カーヴルグス当主に嫁に来てくれと頭を下げて頼まれた。国王の弟にあたる相手が頭を下げたのだ、王命がなくとも断れるはずがなかった。
エビータ一族が産む子供は、その一族の力を強く引き継ぐ最強の人間になると言われている。
ちょうど姉たちはすでに人妻になっており、相手が決まっていないのは俺と妹。その上、男のエビータは最強の子供を産むと言われているので、欲しがられても仕方がない。
断れば、初潮もまだという幼い妹が捧げられてしまう。ありえない話だ。俺がアリリオさまのもとへ嫁に行くしかなかった。
当主を譲る条件としてアリリオさまに出されたのは、俺との結婚。アリリオさまにも選択権はなかった。
俺との結婚は本意ではなかったのだろう。
男と結婚したくはないと冷たい視線が告げていた。
『私はお前を愛することはない』
顔を合わせて、すぐに言われたことだ。これから夫婦になるという相手からの拒絶は苦しかった。
エビータ一族として旦那を立てることが義務の俺は微笑んでうなずいた。
アリリオさまは歴代の王の中でも美しいと言われる国王陛下の甥だ。
彼の見た目は当然のように麗しい。
エビータの売りは安産であって、美ではない。
俺は彼からすると自分に相応しくない人間だったに違いない。
投げつけるようにして側室候補の伯爵令嬢の釣書を渡される。
アリリオさまの言う通りと返したのに俺に相手を見ろと突き付けてくる。明日に会うのだから、くわしく知る必要などない。
俺には関係のない話だ。
アリリオさまからの視線が痛いので、釣書に目を通す。
「あかるい雰囲気の美しい人ですね」
添えられていた絵姿がどこまで本人と似ているかは不明だが、贅沢が好きそうな派手な顔の女性だ。美人だが性格がねじまがっている、悪女顔だ。
意地悪顔だからといって、本当に意地悪女かは分からない。
怒っていなくとも怒っているような顔の人間はいる。
俺は笑っていなくても笑っていると言われる。
愛想を良くするのは当たり前だと思っていたが、アリリオさまからはヘラヘラするなと叱られる。
公爵の伴侶として、堂々とした態度が正解なのかもしれないが、彼のように威張り散らすのは性に合わない。
「ハッ。これが美しい? 私が女装したほうが、千倍はマシであろうよ」
鼻で笑われてしまったが、確かにその通りだ。
女顔ではないが、アリリオさまの顔立ちは美しい。
けれど、アリリオさまは美しさよりも冷たさが先に出て、早い話が怖い。異能を抜きで、剣技だけで、魔獣を打ち滅ぼしているという噂のせいだろうか。
お腹の中に子供がいなかったら、失言で首を切られそうだ。
いつだって、そのぐらいに雰囲気が冷たく鋭い。
「貴様の美的感覚はどこまでも狂っているな」
花瓶の花を褒めたら「こんなものが美しいなど目が腐っている」とビックリの罵倒をされた。
俺のやることなすこと気に食わないのだろう。
謝って気落ちした顔をしていれば、彼はそれ以上攻撃しない。
だからそれでいいのだ。
アリリオさまは、側室を望まれていて、俺に許可を出すように求めている。俺はすでに許可して、この結婚生活の終わりを感じていた。子供を産んだら、それで終わりだ。
公爵家の別邸か、実家の子爵領か、どこかで余生を過ごすのだろう。側室としてやってくる伯爵令嬢が俺の代わりにアリリオさまの妻としての立ち振る舞いをするはずだ。
「男性の横に立つのは、女性のほうが映えますから――」
「私以下の女が何人いようとも私の価値は上がりはしない」
自分ひとりで十分に輝いていると言いたいらしい。事実だが、自信過剰な発言が目立つ。
どこか虚勢を張っているような痛々しさがあって嫌いじゃない。
クソ野郎と思うことも多いが、立場からして特殊な人なので仕方がないと思うしかない。
怖い、苦手だという意識と本気で微笑ましいと思う気持ちとが俺の中で渦を巻く。
『私はお前を愛することはない』
出会った瞬間のことを思い出すたびに心臓が冷たく凍る。
彼の口元のホクロだけを見て、愛想笑いをして乗り切る。
それが、俺に出来ることだ。
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