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《4》あかるく輝かしい未来
◆◆◆◇◇◇
ベッドの中にやせ細った男がひとり。俺だ。
出産後、体は徐々に弱っていった。
目がかすむ、喉が痛い、内臓が焼ける。
食事もまともに摂れず、生きていることが苦痛でしかない。
助けてと口にすることも出来ずにベッドで寝たきり。
大勢いるはずの使用人は気配がない。
俺の世話をしているのは、へたくそな介護人ひとりだけ。
新人が誰もしない仕事を押し付けられたのだろう。
何度も喉に物を詰まらせたり、風呂で溺死させられかけた。
何度か失敗を繰り返して、コツを覚えた新人を褒めてあげたいが、体は思うように動かない。
病気がうつるといけないと息子にはガラス越しでしか会えない。
透明度の低いガラスは、あの子の姿を見せてはくれない。
そもそも、目が悪くなっているので、悪いのはガラスではないかもしれない。
会いたい、抱きしめたい。
そう思う自分勝手な気持ちは死が近づいた証だ。
俺は死ぬのだと自覚して、喉から血が出るのも構わずに泣き叫んだ。見苦しい俺の姿を世話をしている使用人はどう思ったのか、抱きしめてくれた。
公爵家に来て、初めて優しくされた気がした。
ひとりで惨めに死にたくないと思って、初めて、アリリオさまに愛されたかったのだと気づいた。
愛されなくても平気だと強がって、馬鹿みたいだ。
側室として家に入った馬鹿女に毒を盛られたのは分かっている。
アリリオさまに馬鹿女の所業を訴えて、追い出して、正しい治療をすればよかった。病気ではなく、毒の後遺症だ。
死なない代わりに役立たずの肉塊になった。
だらだらと苦しみながら生き続ける恥知らずな俺。
死なない代わりではなく、ゆっくりと体を壊してく毒だったのかもしれない。
自分の利益を守るために側室が正妻に危害を加えるのは、よくある話だ。
彼女は公爵家に来て、早々に身籠った。
誰の目にもアリリオさまの寵愛がどこにあるのかは見えていた。
悲しくない、苦しくない、悔しくない。そう思い込むために愛されなくて構わないと二人を祝福した。
自分はどこかでひっそりと暮らすから好きにしろと思っていた。
心がこんなにも寂しいと叫んでいる。
死を前にして、愛されたいと望んでいる。
夢見ていた。
姉たちが幸せそうな家庭を築いて、夫婦円満に暮らしている姿を見て、俺もそうなるのだと夢見ていた。
男同士だから、姉たち夫婦とは違ったものかもしれないが、お互いに尊重し合い、慈しみ合う幸せな生活があると思っていた。
あかるく輝かしい未来を夢見ていた。
愛し、愛される、どこにでもある平凡なありふれた愛のある日々を送るのだと無意識に願っていた。
悲しみと苦しみに満ち満ちた悲惨な末路など、想像つかない。
想像したくなくて、目をそらして、最悪の結末を迎えたのだ。
いくらでも軌道修正はできた。
俺は臆病だっただけだ。
愛されず、信頼もされていない俺の言葉をアリリオさまが聞くことはないと思っていた。自分が寵愛する側室を悪く言う俺を冷たくあつかうのだろうと何も言えなかった。
異性愛者であるならば、男の俺よりも女の側室を寵愛するのは当たり前だ。俺が敵うはずなどない。愛されるわけがない。
言い訳を繰り返して、さみしさを飲み込んだ。
苦しみは慣れ親しんでいた。
思い返せば、誰からも愛されてはいない。
両親や姉や使用人たちからも疎まれていた。
男の身で子供を産むなど、女性の領域を侵害する不遜な行為。
祖父が不憫に思って、過去の文献を漁ってくれた。
エビータの男が最強の子供を産むという記述を両親に突き付けて、俺のことを大切にするようにと言った。
文献が捏造だとは言わないが、過去にいたエビータの男が強い子を産んだだけで、俺も同じとは限らない。
それでも、すがっていた。
俺は最強の跡継ぎを産むために必要な人間だと、アリリオさまに必要とされる伴侶だと心の底で誇っていた、驕っていた。
側室が産んだ男の子は優秀なので、カーヴルグスの跡継ぎだと誰かに言われた。死の淵で聞いた幻聴ではなく、側室の勝利宣言だろう。
女の高笑いを聞きながら、俺の意識は完全に途絶えた。
命の炎は、あっけなく消えた。
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