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【11】優先順位
◇◇◇◆◆◆
目を覚ますと首吊り死体になっていた主治医が動いている。
顔の前で手を振るので「大丈夫です」と伝える。
死体の衝撃は強いが、少年が置かれた状況に頭がいっぱいだ。
アリリオさまに似た少年を鞭で打つ、冷たく重苦しい空気を背負ったアリリオさまが居た。
俺が死んだ後の未来に待ち受けているものが、あの状況だというのなら、とてもじゃないが死ねない。
側室は後妻にならなかったようだが、次男を産んでいて、アリリオさまからの寵愛もあるので公爵家で我が物顔だ。
俺という頼る先がない息子は肩身が狭そうだった。
正妻の子であり、最強と言っていい異能を持ち合わせているはずの息子が不遇な扱いを受けるとは思わなかった。
能力が低いのなら弟に追い越されるのも仕方がないが、同年代の誰よりも優秀な息子が力を認められずに背中を丸めていた。
鞭に打たれていたとき、先に肌に鞭の跡が浮かび上がっていた。
アリリオさまは「生意気にここを打てと指示を出すか」と怒っていたが、あれは先見の異能だろう。
鞭に打たれることを体が予知して反応した。
一度しか打たれていなくても、息子は二度分の痛みを味わっている。
痛いことが好きではない場合、損だ。
息子は鞭で打たれることを快感だと思えないだろうから、アリリオさまに鞭を使うことをやめるように訴えなければいけない。
家によって教育方針が違うかもしれないが、俺の家ではしつけに鞭は使わない。鞭は馬に使うものだ。人には使わない。
しつけのためでも、子供を叩くことはしない。
奉公でまわった、いくつかの孤児院では子供を叩いて言うことを聞かせるシスターがいた。ショックだったが、シスター自身が叩かれて育った人なので、叩いたり怒鳴ったりせずに子供と向き合うのは難しいと言っていた。アリリオさまもそうなのだろうか。
「具合が悪いのか?」
主治医が淹れてくれた薬草茶を飲んでいたらアリリオさまが顔を出した。側室候補と自分だけで会ったり、帰したりしていない。
申し訳なく思うところだが、戦いは顔を合わせる前から始まっている。
夢と現実を行ったり来たりして落ち着かないのは事実だが、ゆっくりしているのは、それだけが理由じゃない。
上下関係がどういうものなのか、側室の彼女に知ってもらう必要がある。できれば仲良くしたいが、性格的に難しいだろう。
それなら、俺に攻撃してこないよう、立場の違いを教えるのだ。
彼女が俺に毒を盛ったのは、俺が彼女を訴えないと考えたからに違いない。俺の立場が弱く、アリリオさまに守ってもらえないと思ったから遠慮なく毒を盛ってきた。
自分のほうが、アリリオさまに愛されていると思ったからこそ、俺を攻撃できたのだろう。普通なら、即死ではない病と勘違いする毒の盛り方はリスクがある。
毒の性質が遅効性という場合もあるが、どちらにしても俺が生きている間に毒を特定したら解毒できる。
解毒したら治ってしまう。
俺が治れば犯人探しが始まる。
公爵夫人を毒殺しようとした犯人は貴族だろうとも死刑だ。
俺が弱っていった理由が毒だと誰も気づくことがなかった。
それは俺が放置されていたからだ。
俺が誰にも気にされずに一人で死んでいったから。
ふと、疑問が湧く。
俺の世話を不器用ながらにアリリオさまがしてくれていたのなら、それはいつからいつまでだろう。
夢は劇のようだった。
毎日のことを細かく見れたわけじゃない。
第一部、第二部といった具合に場面、場面を見たに過ぎない。
目がかすんで寝たきり状態になったのは、出産後すぐだ。
最初は風邪だと思っていた。
子供を産んだせいで体力が落ちると主治医は言っていた。
すぐによくなると言っていたが、どんどん悪くなっていった。
生まれた子供を抱き上げることもなく逝った。
「どうかしたか」
「朝食は候補の方と?」
「いや、待たせておけばいい」
アリリオさまと側室の二人で食べることはなくとも、これ以上待たせるわけにいかないと三人で食べることになると思った。
優先順位は俺の方が上らしい。
それなら側室はいらないのではないだろうか。
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