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【12】いい面の皮

中庭のベンチには、三人分のお茶がアリリオさまの側室となるはずの伯爵令嬢と共にある。 彼女の名前はベラドンナ。 揉みごたえがありそうな体をしている。 気が強そうな釣り上がった目つきではあるが、スケベにオススメな安産型な肉付きの良い胸やお尻をしている。 彼女が悪女かと問われると返事に困る。 立場の低い相手が目障りな場合、毒殺とはいかなくても、貴族なら嫌がらせの一つや二つするだろう。側室は側室でしかないことで、彼女は不満が溜まっていたのかもしれない。 俺さえ居なければと思い込んだのなら、毒殺を選ぶのも仕方がない。貴族は男女関係なく、自分の得ばかりを考える。 アリリオさまを初めとして、王族はさすがに自分の利益ばかりを考えないが平民の生活を向上させるのは簡単なことではない。 彼女のことで思い出すのは、自分のうねりがちな黒髪が嫌いらしく「こんな頭で公爵閣下の前に立てって言うの!?」と一日五回ぐらい叫んでいたことだ。 平均的な貴族令嬢だと思っていたが、それは間違いだった。  完全に異常者だ。 髪型が決まらないせいで使用人を叩き過ぎる。 小さなことで人を叩くので、俺は叩かれるのが好きな使用人を探して彼女専属を命じた。叩かれるのが好きな使用人は叩かれるために無意識に失敗をする人間でもあった。 そのせいで、俺が不器用な使えない人間を側室に押し付けたと噂になってしまった。 アリリオさまに彼女をいじめているのか聞かれた記憶がある。 普通の夢の細部はあやふやになるはずだが、そこはしっかりと覚えている。見ていない場面の情報はないが、見たものはすぐに思い出せるらしい。  俺が見たものは普通の夢ではないということだ。 ベラドンナが使用人たちから嫌われないように考えたのだが、それは外から見ても分からない。 俺が彼女のためだと口にしたところで伝わらないだろう。 俺は別に彼女のことが嫌いではなかった。 同じ屋敷に住むのだから仲良くしようと思っていた。 、それが一番いいと考えていた。 だが、彼女は仲良くなる気などなかった。 最初から最後まで俺に対しての攻撃性が強く、要領がよかった。 使用人に対してあたりが強いのなら、嫌われそうなものだが、そこはアリリオさまからの寵愛という最強の切り札がある。 公爵家の中で当主であるアリリオさまに逆らうことは失職を意味する。公爵家を首になるような人間を雇うところはない。 次の就職先への紹介状を持たされずに首になるということは、公爵家に逆らった人間だと受け取られる。 公爵家が切り捨てた人間に手を差し伸べる平民などいない。 公爵家に勤める人間がアリリオさまから不興を買わないように動くのは普通のことだ。つまり、俺は彼女がアリリオさまからの寵愛を見せびらかすのを阻止しなければいけない。 実際にアリリオさまが彼女を大切にしていたとしても、彼女自身にそれを気づかせなかったり、使用人たちの前で寵愛されている姿を見せない。 それだけで随分と未来は変わるだろう。 彼女が大きな顔をして俺を攻撃してくることがなければ、最終手段のような毒殺にはならないはずだ。 彼女があんなにも傍若無人な振る舞いをしていたのは、アリリオさまに愛されていると思っているからこそだ。 当主から責められないのだから、使用人からの苦情など無視できる。 堂々とした伯爵令嬢らしい振る舞い。 貴族特有の下品な傲慢さ。 俺は個人的に好きではない言動だ。 公爵家の使用人は平民ではない。 アリリオさまや先代は能力があるなら、平民も雇用しているが、普通は子爵以下の長子ではない令嬢や令息だ。 王宮で働くのと公爵家で働くのは同じように狭き門であり、就職と婚姻に役立つ。 王宮や公爵家で働いていた事実は、王が身元を保証したということになる。 再就職にも有利な肩書きだ。 真面目に働いていたのなら、就職先や結婚相手を公爵家が紹介する。 仕えている家の主から嫌われていいことはない。 貴族側から見ると子供を人質にとられていると思うのかもしれない。 あるいは、子供が親の不利にならないように気を配るのか。 優秀な人材を王族が一時的に預かるというのが、この仕組みの基本だが、現在は派閥などを考えると複雑だ。 ベラドンナが怒鳴ったり殴った相手が有力な貴族の娘だったら取り返しがつかない。 いいや、だからこそ彼女は使用人を怒鳴りつけていたのかもしれない。 これだけのことをしても自分はアリリオさまから咎められない愛された存在だと使用人たちに知らしめていた。 それで言うなら、現在のベラドンナはいい面の皮だ。 アリリオさまが仕事の都合で朝しか時間を作れないからと早い時間に呼び出され、延々と待たされている。 側室候補を待たせて優雅な朝食をする俺の図は、傍目にも俺が上に見えるはずだ。 本当なら遅れたことを謝罪したいし、朝食など口にしている場合じゃない。 今後、同じ屋根の下で生活する相手を不快にしてどうすると俺の常識が叫ぶが無視だ。 俺の常識よりも知識がこれが正しい選択だと納得している。 情報を制する者が世界を制する。 俺はベラドンナの人格や言動を知っている。 アリリオさまのスケベ心を掴んでおくのはもちろんだが、彼女の行動を制限する雰囲気作りなどを事前にしておくべきだ。 卑怯だとしても、取れる手段は全て取る。

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