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《16》解けない謎

◆◆◆◇◇◇ 父親の乳母を名乗る老婆に少年は頭を下げられていた。 乳母は少年が生まれる前に側室としてやってくる女が禍々しい存在であると父親に告げたという。 そのせいで、公爵家を追い出されたという。 長年仕えていた公爵家からの酷い仕打ちを老婆は批難しない。 父親の暴挙を止められなかったことを息子である少年に泣きながら謝った。自分が父親を止めていたら、少年の不幸はなかったはずだと地面に額をこすりつける。 少年の不幸とは、なんだろう。 自分を産んだ人間が亡くなったことか。 父親に鞭で打たれることか。 弟が贔屓される姿を見せつけられることか。 少年にとっての不幸とは、なんなのだろう。 老婆は言う。 少年を産んだから、亡くなったのではなく、誰かに殺されたのだと、そう言った。 老婆は少年を産んだ人間と仲が良く、一族の間でしか話されない異能について聞いていた。 安産の異能とは、単純に子供を安全に産むだけのものではない。 母体の安全も保障されている。 妊娠中のエビータの人間が一人いるだけで、街で争いが起こらないように神が配慮していると言われている。 それぐらい、エビータ一族の異能は特殊であるという。 普通の異能とは質の異なる能力。 異能の中の異能とすら呼ばれるエビータ一族が、出産後に弱って亡くなるなどありえない。 老婆の言葉に少年は救われる気持ちになった。 父親からずっと自分のせいで死んだのだと聞かされていた。 自分さえ居なければ良かったのだと思い続けていた。 老婆は違うと言ってくれる。 各地の孤児院を巡り、子供たちに食糧と知恵を与え、生きるために支援し続けた尊い人だと教えてくれた。 自分の子供は世界最強なのだと誇らしげに語っていたと老婆は泣きながら語る。 少年は思い出していた。 昔に見ていた夢だ。 生まれたばかりの小さな自分が、視線を感じて周りを見る。 するとガラスの向こうに誰かが居る。 ガラスに近づこうとすると父親に怒鳴られる。 だから、ガラスに近づきたかったが、近づけなかった。 これが夢ではなく記憶なら、見守ってくれていたということだ。 父親の恨み言と怒声ばかりが少年の中にあったが、老婆の言う通り、少年を産んだ人間は恨みを口にする人間ではない。 そこでやっと、少年は父親の気持ちに気づいた。 少年のせいで死んだと本気で考えているわけではない。 。 たとえば誰かのせいで死んでいくのなら、彼が死ななかった場合、標的となるのは生まれたばかりの弱い少年になる。 その可能性が高かったのだと少年は気づいてしまった。 父親が厳しく接していなければ、少年は暗殺されたかもしれない。 少年は自分の異能によって、自分が死ぬ世界を俯瞰した。 今いる場所が最善だとは思わないが、少年の周りの人間が少年が死なないで済むために気を回した結果の現在だと知る。 自分を産んだ人間のことを考えるたびに自分が望まれて生まれた存在だと強く感じる。妄想ではない。 異能の力で、生前の彼の人格に触れる。 直接、会話をしなくても繋がっている。 実感すると少年は長く続いた悩みが消えていく。 父親に嫌われているのは仕方がない。 好かれようと思うのをやめると気持ちが楽になる。 自分を産んでくれた人が口にしたという「世界最強」その称号に見合う人間にならなければいけない。 父親に褒められるため、耐え続けていた日々は無駄な時間だ。 いくら耐えても父親は少年を認めたりしない。 少年を否定することが父親の生き方になっていた。 自分を産んだ人間はそれを喜ぶことはないと少年は知っていた。 少年の異能は全知と呼べるものであった。 父親は未来予知や未来予測だと言っていたが、少年の本当の力は違っていた。 可能性を俯瞰して見ることが出来るのが、少年の持つ力だった。 その力を持ってすれば、解けない謎などこの世にない。

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