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【18】軽率が過ぎる
自分のターンが回ってきたと言いたげなベラドンナは、舞台女優のような大袈裟な動作で「認めたくないのも仕方ありませんわね」と不敵に笑う。
勝ち目がゼロの状況で、こんな態度に出られる彼女は処刑されない限りはどん底からでも這い上がってきそうだ。
「公爵閣下、二カ月前の仮面舞踏会のこと、オクサマにお話しされていませんの?」
奥様の発音が独特だ。
お前などすぐに蹴落としてやんよという意思表示だろうか。
これが小さな子供なら、微笑ましい事この上ない。
奉仕活動への誤解があるのか、俺のような年齢の貴族が孤児院の運営を助けるために動いていてかわいそうと言われることがある。
大人たちのやりとりで誤解したのか孤児院の子たちに「結婚のあてがないなら、俺が(私が)養ってあげる」と言われたことがある。
子供が口にしたのなら上から目線とは思わない。
現実的ではなくとも、子供は心の底から思ったことを口にしている。
だから、微笑ましくて嬉しくなる。
もし、アリリオさまと結婚するのだと意気込む子が居たら、不快に思うこともなく苦笑して「ああ見えて顔だけなところがあるから、やめときなさい」と忠告しただろう。
この微笑ましさは、孤児院の子供だったらの話だ。
ベラドンナは結婚適齢期の伯爵令嬢。
孤児院の子供たちと違って貴族の常識を叩きこまれているはずだ。
軽率が過ぎる。
勝ちが確定したから口を開いているのではなく、旗色が悪いからこそ饒舌になっているのかもしれない。
お腹の子供を公爵の子供にするために必死の足掻きだとするなら、笑えない。
彼女はまず先に命乞いをするべきだった。
「わたくしは公爵閣下に愛されているのです。だからこうして、側室に選ばれた――形ばかりの正室、それも男だなんて子供を産んだ後に何の役に立つのでしょうか」
弱っていく身体を実感しながら、悪夢の中で俺が思っていたことだ。
愛されない理由はいくらでもある。
同性との間に生まれる愛情こそが真実の愛だと言い出す者もいるが、実際は妊娠を伴わない性欲の発散に便利な愛人であるだけだ。
貴族は異能の安売りをするわけにいかない。
自分たちの利益を守るために爵位ごとに子供の数はおおよその決まりがある。堕胎薬が確立されていないころは、孕んだ女性の腹を裂いたと言われている。
そのぐらい貴族の妊娠というのは管理される厳格なものだ。
どれだけ甘やかされていようとも貴族令嬢であるなら、決められた相手との子を作るように教え込まれている。
「海の見える角部屋で一夜どころではなく、ふふ、三日三晩」
仮面舞踏会と言いながら三日三晩というのは笑ってしまう。
舞踏会には縁がない俺だが夜中にするパーティーだというぐらい知っている。
「海が見えるということは、レ・カルゴか」
アリリオさまが心当たりがありそうな顔をする。
たしかに二カ月前に一週間ほど、魔獣討伐で出かけていた。
まさかと思ってアリリオさまを見ると「貧血か」と心配された。
白昼夢を見て、意識を飛ばしたのが驚かせたのだろうか。
「えぇ、レ・カルゴの都市は貿易が盛んで、美しい場所でしたわ。性に寛容で、開放的になる場所でした」
「婚前交渉を禁止している我が国の法を犯していると先月、監査が入り有罪が確定していたはずだ」
にっこり笑顔のベラドンナの顔が硬直して、引きつった。
「聞こえなかったか? 我が国は婚前交渉を禁止している。とくに貴族の姦淫は重罪だ。――堕胎薬を飲むか? 用意しよう」
「なっ! 閣下の、閣下のお子ではありませんか。なんてことをおっしゃるのです。自分の罪を消すために我が子を手にかけるなんて」
悲劇のヒロインのように地面に座り込み自分を抱きしめるベラドンナはあざとく可憐だ。アリリオさまに響いていないことを除けば、完璧な振る舞いだ。
覗き見ている使用人や執事がうろたえている。
「堕胎する気はないのか」
「ありませんっ。認知くださいませ」
「堕胎しないということは私の子を産む気がないということだな。側室の採用は見送りにしたいということでいいな?」
自分の嘘を信じ込んでいるのかベラドンナはまだ「何をおっしゃっているのか分かりません」とお腹の子をアリリオさまの子だと主張する。本当にアリリオさまと三日三晩愛し合っていたとしたら、二度と顔も見たくないと思ったに違いない。
堂々と会いに来ている段階で、アリリオさまと何もないのは分かっている。
「ピネラ」
ベラドンナと話をするのが面倒だったのか、アリリオさまは立ち尽くしている執事を呼んだ。
執事は一拍遅れて「二カ月前、公爵閣下は元帥である御父上の命を受けてルギーアレで魔獣討伐をされました」と答えた。
ルギーアレは魔獣がよく出没する山岳地帯だ。
魔獣の脅威により、住民たちの余所者への警戒心が強い。
ルギーアレの近くにある孤児院に訪問したとき、近くの村の人間に俺はうっかり魔獣の生け贄にされかかった。
都市部では考えられない風習が田舎には残っている。
通りがかりのアリリオさまが「誰のものに手を出している」と俺を魔獣の餌にしようとした村人を殴り倒していったことがある。
貴族への反発を招きそうなものだが、命がけで魔獣から村を守ってくれる姿を見て、村人たちは心から感謝をしていた。
村人たちは自分たちが見捨てられているという不安があったのだ。
魔獣から村を守ってくれたアリリオさまに感謝しないわけがない。
貴族に手を挙げた平民に罰を与えないのは示しがつかないので、俺に危害を加えようとした村人たちを処分しなければならない。
そんなことをしてしまえば、働き手が居なくなり、村は存続できなくなる。殴り倒すという私刑で済ませてあげたのだ。
公的な機関を動かすのは税金の無駄だと言っていたが、正式な処分を受けさせないことで村人たちを助けてあげた。
「貴様が見捨ててなどいないと村人に伝えろと言ったのだろ」
「村人の不安解消のため、定期的にルギーアレへの討伐任務を受けられるようになったのですか?」
「貴様があの地域の孤児院の子らと文のやりとりをしているのは分かっている」
内緒で文通をしているわけではないが、ものすごく睨まれた。
読み書きの練習がてら、いろんな孤児院の子たちと俺は文通をしている。話題のルギーアレ近くの孤児院からも二カ月前にアリリオさまの活躍は聞いている。
ルギーアレで魔獣討伐を終えて、レ・カルゴに立ち寄るのは無理だ。距離がありすぎる。ベラドンナは自分の失態に気づいたのか、顔から血の気が引いていた。
アリリオさま抜きで魔獣討伐が成し得ないということは、さすがに理解しているらしい。
俺たちを騙そうとしたのではなく、お忙しい公爵閣下が乱痴気パーティーに出席すると信じ込んでいたのなら同じ国の人間として恥ずかしい。
勝ち誇っていたのが嘘のように崩れ落ちているベラドンナと最初から最後まで動揺のないアリリオさま。
どこがおかしいかといえば、アリリオさまだ。
ベラドンナが堕胎したというなら側室に迎えるつもりだったのだろうか。そこまでして、ベラドンナに自分の子供を産んでもらいたかったのか。
思った以上にショックなのか、目の前が真っ暗になる。
これは、ショックというよりもアリリオさまに心配された貧血かもしれない。
何度もあるので分かるが、また夢を見るのだろう。
警告のように、戒めるように、慰めのように。
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レ・カルゴ→海洋都市(都会)
ルギーアレ→魔獣出没しがちな山岳地帯(田舎)
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