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《19》綺麗な死に顔

◆◆◆◇◇◇ 息子から主治医が与えていた温室で首を吊ったと聞かされて、青年はとある山岳地帯に来ていた。 憎らしいことに青年にとってたった一人の大切な存在が、人身御供にされようとしていた場所だ。 何より憎らしいのが、そのたったの一人が自らの死を何とも思っていなかったことだ。 村人が口にした土地神に捧げるのだという発言に怒り「神が我らの血や肉や苦痛を求めることなどありえない」と吠えはしたが、神ではなく魔獣の餌だと知ると納得した。 自分が襲われている間に荷物をまとめて遠くに逃げるようにと淡々と指示を飛ばしたという。 殴りつけてやりたいところだが「みんな悪気はないんです。 生きていたいという当たり前の気持ちがあっただけですよ」と微笑まれては何も出来はしなかった。 自分が逃げ回っている間に助けが来ると信じていたと見つめられては、何も返せない。孤児院の子供たちが、転んで傷だらけになりながら、助けを呼びに来た。 助けてと叫んだ子供は村ではなく、彼の無事だけを祈っていた。 真実慕われている人間は窮地になればなるほど浮き彫りになる。 助けを呼ぶことしかできない無力さが悔しくて子供たちは泣いていた。 自分たちのために動いてくれていた人間が誰か分かっているからこそ、村を呪っていた。 無事に戻ったは、怪我をした子供たちを抱きしめて諭した。 恨んでも憎んでも仕方がないこともある、そう言った。 無価値な優しさは腹立たしかったが、子供たちが村人を憎んでしまえば孤児院が物資の供給を受けられなくなる。 食べ物を分け与えられなければ飢えて苦しい思いをするのは子供たちだ。田舎では物々交換が原則だ。物々交換は人と人とのやりとりになる。恨みつらみのわだかまりがそこにあってはいけない。 今回のことを恩に着せて野菜を多めに貰おうと笑った。 命が危険にさらされたことを簡単に許すのは、自分の命を軽くあつかっているからだ。 青年は胸が強く痛んだが、それを誰にも言えなかった。 だから、亡骸をいわくのある孤児院の近くに埋めた。 魔獣を討伐するために孤児院の近くにやってくるので、定期的に墓参りが出来る。 息子にも墓の場所は教えなかった。 自分だけの特別な存在だったからだ。 息子にとっても代えがきかない親だとしても、自分のものだと青年は思っていた。 墓の場所は主治医だけが知っていた。やせ細っていながらも綺麗な死に顔が疑問だったようで、埋める直前まで死を疑っていた。 ◇◇◇ 側室として迎え入れた女はあったらあっただけ金を使う暇人だった。 金を増やす方法は知らないが、金を消費する方法は無数に知っていた。 金を好きに使わせておけば、汚職政治家や薬物汚染の集団などを発見できるので、そこそこ便利だった。 青年では思いつきもしない、決して出向かない汚らわしい場所を好んでいる人間だった。 そのため女は同じように人間とは呼べない汚物たちと接触する。ホコリ同士がくっついて大きなホコリになるように汚物もくっつきあって巨大になっていく。 普通は目をそらしてしまうので、汚物の実態が分からない。 国のためを思えば、我慢しなければならない部分だ。 公爵家の財産が女ひとりに食い潰されるわけがないので、子供のことも含めて必要経費だと割り切るしかない。 家の中に汚物があるのは気分が悪いが、どこにでも不浄な場所はある。 体内の排泄物はどこかで出さなければならない。排泄を嫌って食べないわけにはいかない。 ふと、死ぬ間際の排泄物を処理させるのを嫌がって食事を断とうとしていた愚か者を思い出す。生きていることを申し訳なく思う姿が哀れで、愛おしかった。 自分にすべてを委ねる姿が青年に幸福をもたらしていた。 孤児院など放っておけと何度も青年は言った。 危ない目にも合い、裏切られることだってあった。 家の中で大人しくしていればいいと何度言っても聞かなかった。 誰かのために何かをしなければならないという使命感は一見綺麗なものだが、縛られているのだとしたら終わりのない地獄だ。 人々の欲望に終わりなどない。 付き合う必要などない。 自分の幸せだけを考えればいい。 それが分からないから命を落とすことになる。 「――それはそれとして、だ」 側室として雇いあげた女は椅子にくくりつけると無駄遣いを反省すると言いながら、構ってもらえなくてさみしかったのだと叫ぶ。 自分が側室を構わなければいけない理由が青年には理解できない。 側室は自分の子供を産むための人間でしかない。 他国の王族から婚約破棄された女は他に行くあてがなかった。 都合のいい立場にいたに過ぎない女が黒い髪をうねらせながら、自分を正妻にしてくれないからと嘆く。 青年には側室を正妻にしなければならない意味が分からない。 正妻は最初から最後までたったの一人の特別な相手だけ。 当たり前の常識を理解できていない女に呆れ果てる。 子供を産むという負担を軽減させるために連れてきた側室という役職の人間が、どうして自分の正妻になれると思い込んでいるのか青年には想像つかない。 汚物の言うことを解析する必要はないとろうそくの炎で少し髪を焼く。 匂いと熱に驚いて顔を上げた女の顔に蝋を垂らす。 女にとって、容姿は自慢であるようだが、美しいと思ったことはない。下品な人間性が顔に現れていた。自分の望みを聞き届けてくれという媚びた視線。 女の容姿を台無しにしたいわけではない。 青年は亡くなった大切な一人が目が見えにくくなったことを悲しんでいたことを覚えていただけだ。 蝋で目を塞がれて女は自分の悪行を早口で白状し続ける。 大体把握している内容なので、青年は聞き流す。 「アレをどこへやった。……主治医を殺害したのは貴様だろ」 暴かれた墓。失われた遺体。 取り返さなければならない、たったの一人。 「主治医は、……あのかた、亡くなったのですか?」 初耳だと言いたげな女に青年はろうそくの火でまつ毛や眉毛を燃やすことにした。 顔を焼かれる恐怖に女は「知らない」と叫ぶ。 「あなたが、閣下が……を殺そうとなさっていたじゃないですか。わたくし、あなたが用意した毒草を主治医の温室に混ぜただけですわ。あなたさまのために、わたくしは――」 女の頭上から油をかけて、ろうそくを膝に乗せた。 目が見えない女には状況は分からないだろう。 体を動かして、膝に乗ったろうそくが落ちれば、床が火を噴き、自分が燃えるだろう。 動かずに耐えていれば、誰かが気付いて火傷を負わずに済むかもしれない。耐え続ければろうそくの火が途中で消える可能性もある。 青年が部屋を出るとき、少し考えて扉だけを開閉した。 すると、女はろうそくを床に落としたようで「あついあつい」と喚きだす。鉄の椅子に座らせているので、地味に長く苦しみは続くだろう。服に燃え移って肌を焼いたとしても死ぬほどの怪我にはならない。女の末路を確認することもなく青年は、改めて扉を開けて部屋を出た。 新鮮な空気に床の炎が喜んでいる。 死は一瞬だ。 不自由な生活を死ぬまで楽しめばいい。 世話をするような使用人がいるかは知らないが、青年には関係のないことだ。女が好き勝手に振る舞った結果なのだから、自分のせいだ。 人と仲良くしたほうが気持ちがいいと笑っていた人間を青年は知っている。その死を嘆き悲しんだ。 自分が居なくなっても世界は変わらないと信じ込んだまま逝った愚か者は、多くの人間に惜しまれた。 青年の特別が自分だけの特別ではないと言われている気がして、ひどく不快だった。 病で逝ったと噂を流し、人の口に上らないようにした。 古くから、病気で亡くなった人間の話をすると同じ病気になると言われている。 誰にも語らせたくなかった。  自分だけの特別な相手だ。 青年は空を仰ぎ見て言った。  雲一つない晴天だった。 「見ているのなら、分かったな――なすべきことをしろ」 ◇◇◇◆◆◆ すみません。何もわかりません。 具体的にお願いします。 アリリオさまはどう考えても言葉が足りなすぎる。

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