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【23】もっとも重要なこと

未来の夢と照らし合わせると俺の死は始まりでも終わりでもなく、壮大な計画の途中経過にすぎないのかもしれない。 アリリオさまか、公爵家か、あるいは王族というブランドをおとしめるためにベラドンナを孕ませた。 托卵は異能を見ればすぐにバレてしまう。 仮に母親の力が強くて、アリリオさまの王族由来の異能が発現しにくいという言い訳が出来ないわけじゃない。 だが、俺のように血のつながりや異能の有無を見抜ける異能を持つ人間はいるものだ。 子供が成長して、世界を広げていけば隠してはおけない。 公爵家当主、国民の英雄が側室を別の男に寝取られていたなんて、いい面の皮だ。 若いうちから大活躍なアリリオさまの敵は多い。 俺が生きていたら美談に仕立て上げられるが、状況が悪すぎる。 側室制度を使うことでイメージを悪くしているのだから、庇ってくれる貴族がどれほどいるだろうか。 アリリオさまのお顔が如何に美しくても、人格をこき下ろされるのは間違いない。事実だとしても、他人に言われたくない。 側室をはじめとする俺に対する優しさのない振る舞いは、俺だけが怒っていい事柄のはずだ。 悪夢の中で笑いながら同情の言葉を投げかけてきた貴族たちを覚えている。 死ぬ前に思い出していた情けなく悔しい記憶。 愛されていたのなら気にもかけない雑音。 彼らの侮蔑が事実だったからこそ、傷ついた。 社交界と距離があるとはいえ、孤児院の運営資金を得るために貴族からの支援は必要不可欠だ。 彼らの笑いの種になることで子供たちが安全で清潔で飢えずに済むなら耐えられると思っていた。 死ぬ前に弱った心は嫌な記憶ばかりを思い出させて俺を苦しめていた。 死ぬ間際にならないと強がりに気づけない。 自分のことながら、哀れだ。 この胸の痛みを俺は忘れてはならない。 同じ苦しみを味わうことがないように自分の悲しみと向き合う。 「お聞きしたいのですが、アリリオさまが側室に求めた条件は何でしょうか?」 女なら誰でもいいという返答なら、仕方ないと思える。 性別は自分ではどうにもならない。 愛しているからと言われたら泣いてしまうかもしれない。 ベラドンナに惚れているようには見えないので、大丈夫だとは思うがアリリオさまの返事が怖い。 「側室がするべきことは一つだ。私の子供を産む以外に何がある」 俺が子供を産むと言ったら拒絶された。 もちろん、それで諦めたりしないが、側室阻止を考えるなら情報が必要だ。 アリリオさまが何を思っているのか知らないといけない。 「ああ、そうだ……もっとも重要なことは、貴様の好みでないことだ。その点で言うと腹が空ならソレは良かったな」 ベラドンナを一瞥するアリリオさま。 俺の好みではないという理由でベラドンナを選んだとアリリオさまは口にした。ベラドンナが顔を真っ赤にしている。つばを吐かれるかと思ったが、さすがに二度目はなかった。 「女性は子供を産むためにいるのではありません」 「それは理想論だ。現実問題として、貴族の女の価値は子供の有無にある。出来の良い子供を産まない女のあつかいの低さは社交の場に出ない貴様でも知っているだろう」 女系の一族であるエビータに生まれた男の俺は違和感の中にいた。母のあつかいが低かったとは言わないが、俺を産んだことで奇異の目で見られていた。 俺は安産という異能を持つエビータ一族の人間だ。 子供の価値が親の価値に直結する世界をよく知っている。 母の俺に対する複雑な思いもずっと感じていた。 五十年以上もエビータ一族から男は生まれていなかった。 俺は場違いな人間だ。 他家に嫁いだエビータの女は、嫁いだ家の優秀な異能持ちを産むので重宝されている。エビータの姓のまま外から婿を貰った女は、安産の異能を持つエビータの女を産む。 そうやってエビータは異能を残し続けていた。

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