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【24】代償

エビータの異能は、安産という単純なものではなく「自分が属した家の異能を高めて、子供に発現させる」ものであると言える。 つまり、エビータの女である俺の母親が、エビータ一族として俺を産んだので、男という性別だとしても安産というエビータの異能は持ち合わせている。 逆にお腹の中にいる子はカーヴルグス公爵家に嫁いだ俺が産むので、王族由来の異能を発現させる。カーヴルグス公爵という家とは、王位につかなかった王族が名乗る家名だ。 この国の王族はお家騒動によって数を減らしている。 本来ならカーヴルグスを名乗る人間は大勢いるはずだが、今のところはアリリオさまとアリリオさまの父親と俺しかいない。 エビータの中で男という微妙な俺を祖父は哀れんでいた。 祖父が過去の文献を紐解いて俺の地位を向上してくれたので、家の中で居辛い思いをしないで済んだのだ。 祖父には感謝しかない。 エビータである以前に、女ばかりの一族の中で、男は居辛い。 単純に女性の集団の中に男がいると立場が弱くなる。 思い出すと俺だけではなく、父や祖父も居心地が悪そうだった。 エビータ一族を存続させるために婿にやってきた男たちは、立場が弱い。エビータ側は婿に来てくれた男たちに感謝しない。 おかしいとも思うが、初対面のアリリオさまを思い出すとエビータの女性と同じだ。嫁に来る俺への感謝などない振る舞いだった。 今までずっと祖父に哀れまれ、父に疎まれていた気がしたが、本当は違うのかもしれない。 もっと単純な話で、男の俺が姉に振り回されてかわいそうとか、娘ばかりと接していたから、息子との接し方が分からないとか、彼らの気持ちはそういうことなのかもしれない。 悪夢の中で自分は何もない人間だと嘆いていた。 自分は何も成し得ずにさみしく死ぬのだと悔やみ続けた。 成長した息子は悲惨な境遇ではあるが、まともに育っていた。 何も残せなかったわけじゃない。 「貴様の腹の中のソレがどれほどのものであるか――」 「間違いなく最強の異能を持った子が生まれてきます」 「その代償に貴様は何を差し出す? 異能は万能ではない。生命力か? 寿命か? 美貌は元よりないから捧げようもないか」 馬鹿にされているようにしか思えないが、これは心配してくれているということだろう。 長子が不出来であると次の子を望まれるのが一般的だ。 子供の出来不出来などすぐに分かるものではないが、結果を早く知りたがるのが大人だ。とくに貴族は噂に飢えている。 神童だ、天才児だ、無能力者だ、役立たずだと人を値踏みする。 「側室は、ご自身の肉欲を満たすためだったり、名誉を守る保険として――」 「――貴様は私をなんだと思っている」 いつも以上に恐ろしく冷たい雰囲気をアリリオさまがまとった。 図星を指されて怒っているのではない。 考え違いでなければ、俺のことを思った上でのことらしい。 普通、側室は妻への侮辱の意味合いだ。 夫婦の口喧嘩で夫が側室を取ると言い出したら冗談であっても妻は実家に帰るような、言ってはならない禁句だ。 「俺は誤解している気がします」 「貴様の理解力が足りないということか?」 憎まれ口を叩かずにはいられないアリリオさまを好きでいる俺は頭がおかしい。 好きになどならないと思っていても、気持ちは制御できない。 助けて欲しいときに助けられたことが何度もある。 恩を感じているだけだと思い込むにも限界なほど、ときめくしかない状況がある。 胸に生じたあたたかさは、アリリオさまの冷たさの前に凍り付いてしまうが、ふとした時にぶり返す。 子供に騙されて無一文で知らない街に放り出されて途方に暮れたことがある。家族に助けを求めることも出来ず、使われていない小屋に居座り、森の実りで腹を満たしていた。 魔獣の出没地域になっていた山だったことで、討伐に来たアリリオさまに助けてもらった。 そのときアリリオさまは人は生まれながらに善人ではないと言っていた。 『両親から良心を教えられ、善意を受けて善人になるのだ』 俺は最初から悪い人間などいないと思っているが、アリリオさまは逆だという。 最初から良い人間などいない。 大人から正しさを教えられ、善行を実践することで、良い人間としての振る舞いが得であると気づくという。 アリリオさまは子供を含めて他人を信用するなと口にする。 俺は子供に騙されて手持ちのお金や荷物を奪われたことよりも、子供がそんな状況に置かれていることが悲しかった。 この考えはアリリオさまと相容れないのかもしれない。彼は自分の正義を譲らない。 国を背負う公爵としては正しいと思うが、夫としてはどうだろう。

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