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【25】恥ずかしいこと
「今回のことを画策した犯人がいるのなら、見つけ出す必要があります。犯人の目論見がこちらにバレていると思われないよう……」
「役立たずを引き取ると言いたいのか?」
ベラドンナを側室にしないよう、いろいろと考えていたがこのままでは彼女の命が危ない。
貴族令嬢の姦淫は死と同義。
ビジョーア伯爵が守ってくれればいいが、アリリオさまが袖にすれば難しくなる。父親の顔に泥を塗った娘を庇いだてる親は少ない。
姦淫を誤魔化せても先はない。
ベラドンナの性格を考えれば、公爵家に呼び出された誉れを吹聴しているだろう。
「正気か? 貴様、自分に唾を吐いたアレを庇う気か」
アリリオさまが庇ってくれなかったら俺はベラドンナの攻撃で死んでいた。
体液を硬化できる異能は暗殺にうってつけだが、彼女は堂々と攻撃してきた。感情の制御が利かない哀れ人だ。
「肉体年齢だけではなく、頭が幼い人間も情をかける対象か。随分と狂っているな」
「ビジョーア嬢のためではなく、アリリオさまのためです。あなたをハメようとした人間がいるのです。対処しなければいけません」
俺の言葉を信じていないのか、アリリオさまは不機嫌さを隠さない。
「ピネラ、教育室に入れておけ。抵抗するようなら死なない程度に縛り上げろ。手足は壊死させて構わない」
どう考えても手足の壊死はよくない。その怪我が原因で死んでしまうかもしれない。
「ビジョーア伯爵から、何に使ってもいいと許可は得ている。貴様の望み通りにアレを餌にするのは問題ない」
ベラドンナを守るための提案だったはずが、人でなしになった気分だ。彼女が悪に染まった原因を取り除けば、普通の女性になるかと思ったが、失敗した。
ベラドンナは憎しみのこもった視線を向けてくる。
彼女が悪の道を行くのは俺への憎悪が理由だ。
悪夢の中では公爵夫人への道を妨害する邪魔者で、現在は公爵閣下と自分を引き裂いた邪魔者だ。
最初から、アリリオさまの脈はないが彼女はそう思っていない。
アリリオさまに向ける視線に期待が乗っている。
この状態からでも挽回を狙っている。
へこたれないベラドンナの精神力は見習わなければならない。
女性はたくましいものだと姉がよく言っていた。
無駄に自信のある女性は厄介だと妹が言っていた。
ベラドンナが油断ならないというのは未来の俺が言っている。
アリリオさまを引っ張る形で、場所を移動する。執事も使用人も俺たちの行動を止めない。ベラドンナやお茶会のセットを淡々と片付けるだけだ。
植え替えている途中の花壇の前に行く。周りに人はいない。
俺が見た悪夢の中でベラドンナに関わることをアリリオさまに伝えた。万が一のこともないようにベラドンナの株を下げている。
自分が見聞きした事実を口にしていても人として恥ずかしいことをしている気分になる。
人の悪い部分を抜き出して批難するのは恥ずかしいことだ。
アリリオさまのことを内心でポンコツクソ野郎と思うことも多いが、口に出したことはない。
言葉にしなければ、誰にも伝わらない。
誰にも伝わらないなら、その気持ちはないのと同じ。
心の中で思っている分には自由だ。
「いつも以上に愚図で間抜け面だったのは脳がジャックされていたのが原因か」
脳がジャックという初めて聞く言葉に思わず視線を上に向ける。
空には雲がない。風もないので変化がない。
上を見ても間が持たないが、険しい顔をしているだろうアリリオさまを直視するのは避けたい。
ジャックというのは誰かの愛称でなければ、乗っ取るとか、占領するといった意味合いだ。
そこそこ勇者語録で馴染みがある。
俺への罵倒は意味のない定型文なので無視だ。
これぐらい、日常のあいさつにすぎない。
「貴様は腹の中のものに勝手に頭を使われたのだ」
俺の異能は安産だ。未来を視ることなどできない。未来を視る力を持つのは王族の異能だ。アリリオさまが持ち合わせている力。
「異能の行使には脳みそが使われているという論文がある。子供の出来上がり方はよく知らんが、育ち切っておらず、異能を使う上で脳が足りないから貴様のものを使ったのだ」
息子の異能に驚きも関心も感嘆もないアリリオさま。
冷たい空気を刺々しくさせていく。
雰囲気を変えるためにあかるく「なるほど」と大きくうなずいて見せる。大袈裟な動作にアリリオさまは眉を寄せている気がするが、口元のホクロを見つめる俺には分からない。
分からない、ということにしている。
「こんな未来にしちゃだめだぞっていう息子からのお叱りですね」
「生まれてもいないのに何様のつもりだろうな」
教えてくれてありがとうの気持ちしかない俺と違って、アリリオさまは不愉快であったらしい。
何も知らなかったら、俺は変わらなかった。
俺の気持ちに変化があったのは悪夢があったからこそだ。
未来を見せてくれた息子の判断は間違っていない。
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