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【26】人にあだなす忌むべき存在

アリリオさまに引きずられて、浴室に入れられる。 俺よりも少し視線が上だと思っていた、アリリオさまは意外と身長が高い。 いいや、引きずられたせいで、俺の膝がガクガクしている。身長差はそのせいだ。 立っていられない俺の服を剥ぎ取って、バスタブに沈めた。 仰向けだったので息はできるが、うつ伏せなら終わっていた。 手足がバスタブの外に出ているので、上半身を起きあがらせることができない。もがいている俺に「魔獣ガメメがひっくり返ったときの真似か」と笑われる。 ガメメというのは、硬い表皮に覆われた討伐が難しい魔獣だ。アリリオさまはコツを掴めば簡単だというが、異能を使わずに魔獣を討伐する規格外の人なので、参考にならない。 ガメメはひっくり返すと一定時間動かなくなるが、ひっくり返されたことに腹を立てて地面を割ったり、山を崩したりする。 俺は断末魔の声ぐらいしか、ガメメのことを知らない。 「ガメメは悪食で何でも食べる。貴様、ゴミの処理を任せればいいと父に進言したらしいな」 「はい。ガメメはひっくり返さなければ気性が穏やかだと聞きましたので、人間が管理することが出来るのではないかと――」 ゴミ処理場で働いていた孤児院の子供たちが病気で亡くなっていき、町にも同じ病気が広がった。 子供たちが病気を広めたと言われて、ゴミ処理場で仕事をしていない孤児院の子供たちの解雇や嫌がらせが始まった。 病気がおさまった後も町の人たちの孤児院への嫌悪感はぬぐえず、最終的に孤児院は廃墟となり、町は過疎化して地図から消えた。 病気で人が減りすぎたのかもしれない。 「魔獣を飼いならすなど、神に反する卑しい行いではないのか?」 人にあだなす忌むべき存在を魔獣と言う。 絵本では黒き獣として描写されているが、実際に討伐しているアリリオさま曰く、形は様々で色は黒いばかりではないという。 ただ、どれもこれも大型なので、何の装備もない人が出会えば命を落とすだけだ。 「神は何も禁止しておりません」 「神の意に反する災厄が魔獣、あるいは、神の与えた試練が魔獣、そういうものではないのか?」 「神は人を試したりしません。人を試そうとするのは人だけです。魔獣もただそこに存在するだけです。我々と同じように……いえ、風や雨と同じように、そこにあるだけのもの。憎むべきじゃない」 昔は野生動物が魔獣に変わると信じられていた。 突然変異の生命体。 そうではない。魔獣は現象だ。 雨は突然降り始めるように感じるが、雨雲が頭上に来ることによって雨に降られる。勇者が雨雲がどこから来るのか説明している書籍がある。それと同じように魔獣の出現にも規則性が見られた。 王族の予知と合わせて、魔獣発生予測の精度は高い。 そのせいで、国内最高戦力である英雄(アリリオ)さまは、あちらこちらに派遣されて忙しい。 「魔獣憎しで、殲滅を唱えるのが神の使徒ではないのか」 「それは一部の神殿の寄付金集めの口上です。魔獣を倒すために神殿にお金と人材を集めて、そのお金と人を戦争のために国は使っていましたね」 俺たちが生まれる前に戦争は終わっているが、神殿のシステムは変わっていない。人を倒すためと言えないから、魔獣を倒すためと言って、戦力を集めている。 「魔獣に食われそうになった身で、魔獣の擁護か」 「擁護ではなく、訂正です。神は人に災難などもたらしません。誰かの身に災難が起こっても神が意図的にしたわけではない」 「ならば、神は何をすると言うのだ」 「何もされません。神はすでにこの世界を作られたのですから、これ以上、何をする必要があるのでしょう」 神の名を騙り、人が人を動かすことを悪いとは言わない。 そうしなければ、悔い改めない人間もいる。 けれど、神の名を騙り、私腹を肥やす人間は決して許せない。 孤児院への支援金を着服して、豪遊するクズを見過ぎて神殿へのイメージはものすごく悪い。 「勇者語録に『お天道様が見ている』というものがあります。解説には、お天道様とは太陽のことであり、神のことだとありました」 「犯罪者は太陽の沈んだ夜に動くか――まあいい」 アリリオさまは俺の膝をバシバシと叩く。 バスタブから起き上がらせてくれるのかと思ったら、何かを俺に振りかけてきた。俺の角度からだと見えなかったが、使用人から受け取って、どんどん俺に投げつけてきた。 頭にそこそこ固いものが当たって、こらえきれずに声が出る。 「貴様、死にたいのか?」 仰向けの状態で動けない俺の上に花や葉っぱや果物を置いてくるのだから、殺しにかかっているのはアリリオさまであり、俺が死にたいわけじゃない。 「何を勝手に溺れそうになっている」 バスタブの中で上半身を起こして、膝を抱きしめる。 息が出来ることに感謝しながら、口の中に入った花びらを吐き出す。すると、湯船に浮かんだ花びらを顔面にくっつけられた。 肌の乾燥を花びらで補えると聞いたこともあるが、アリリオさまの雰囲気からして、俺の肌環境を考えているようには思えない。 「ちなみに貴様が口にしているガメメは、ブドウ畑を荒らしているような魔獣だから、肉質の心配をする必要はない」 なぜ、急にガメメの肉質の話をするのだろう。 そもそも、浴室に連れてこられた理由も分からない。 ------------------------------------------------ アリリオさまは、バスタブに落とした主人公がひっくり返った亀(ガメメ)のようで愛らしいと思っております。(ほんとほんと)

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