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【27】考えなし
アリリオさまは行動も言葉も突拍子もない。
必要な説明をしてくれないので、理由を聞きたくなるが、口を挟む暇がない。
忙しい人であり、事後報告が多いので何も言えない。
このままでいいはずもないので、俺から声をかけていかなければならない。
元々、黙って言うことを聞いている性格でもない。
「あの、どうして……浴室に?」
「貴様を風呂に入らせるために決まっている」
そんな簡単なことも分からないのかと呆れられた。
今までだったら、馬鹿なことを言ったと反省して、次の言葉が出てこなかっただろう。
会話にならないと諦めていたはずだ。
以前までの俺とは違うことを見せるためにも会話を終わらせないように頭を働かせる。
先程の言葉は、俺の質問に答えているようで、答えていない。
「アリリオさまは――?」
どうして自分だけがこんな目に合うのかと聞いてみる。
質問の方向を変えてみたのは正解だった。
アリリオさまの雰囲気が和らいだ。
俺が湯船に入れられたことを不服に思っているのが、伝わっていたのかアリリオさまは不機嫌そうだった。頭を掴まれて湯船に沈められそうな威圧感があった。
それが「一緒に入りたいです」という訴えにしたことで緩和した。
風呂に入ることに文句をつけるなという強い圧を感じる。
「私はまだ仕事が残っている。お湯は自動で継ぎ足される。最低でも、音楽が鳴るまで湯船に浸かっていろ」
二時間経つと音が鳴る仕掛け時計をアリリオさまは、セットした。まさか、本当に俺を放置する気なのだろうか。
「文句を口にする元気があるなら、早めに戻る」
戻ってこないでいいから、疑問に答えてもらいたい。
どうしてこうなったのか、本気で分からない。
浴室の出入り口にいるのは俺よりも体格のいい女性二人だ。
籠を持っているので、俺の身体に張り付いている花や葉っぱをアリリオさまに渡していたのは彼女たちだろう。
彼女たちは俺専用の侍女というわけではない。
俺専用の侍女はいない。
実家は子爵だったこともあり、専用の使用人がいる生活に馴染みがないので、構わない。
だが悪夢の中でベラドンナには侍女が居た。
伯爵令嬢なので、侍女が居ない生活など考えられないのかもしれない。俺と違って女性なので身支度も簡単には終わらない。
いろんなことを思いながらも心のどこかで言い訳になっていた。
寵愛されている側室と雑にあつかわれている自分。
そういう構図だと思うしかなかった。
この不平等さは愛を望まなければ、多少の不快感で済む。
愛を望むと、途端に息苦しいものに変わる。
ただ幸いなことにアリリオさまは、ベラドンナに対して愛情を持ち合わせているようには見えない。
自分の立場が上がったわけでもないのに気分が高揚する。
自惚れないよう、けれど自分を低く見積もらないよう注意する。
息子が見せてくれている、未来の光景を思い出す。
アリリオさまに嫌われていたら、あんなことにはならないはずだ。
俺のことがどうでも良かったら、遺体を探すためにベラドンナを拷問する必要がない。
だが、大切にされているというなら、この状況は何だ。
アリリオさまの考えがまるで見えてこない。
俺が死んだ後に俺の死を悲しんでくれるアリリオさまがいると信じるなら、俺は、嫌われたり、疎まれているわけではないはずだ。
うっかり、溺死させられそうになったり、顔面に花びらをくっつけられ、湯船に入っていないといけないにしても、嫌がらせではないはずだ。理由は分からないが、考えがあってのことだろう。
英雄の称号を持つ公爵閣下が考えなしでいいわけがない。
説明してくれないだけで、アリリオさまの行動には理由があるはずだ。
どこかに有能な解説係は居ないだろうか。
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