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【31】貧乏性

二人の姿を見ていると自分が今までずっと不義理をしていた気分になる。 自分のことを気にしてくれている他人の存在を忘れていた。 いいや、忘れていたわけじゃない。 見えていなかった。 知らなかった。 この家に馴染もうと努力をしていたはずなのに使用人の気持ちが全く分かっていなかった。 男であることに引け目を感じて、遠巻きにされても仕方がないと開いた距離を詰めようとしなかった。 雑談相手が欲しいと思っても「旦那様に怒られますので」と断られて諦めていた。俺の相手をしてくれる人間が居なかったのではなく、作らなかったのが結局のところかもしれない。 アリリオさまに面倒な人間だと思われたくなくて、我慢していたことは多い。 この家で今まで俺に声をかけてくれたのは、アリリオさまの乳母であるファーラと主治医だ。 どちらも雑談というよりは、業務連絡がメイン。 もっと積極的に俺は使用人と話をするべきかもしれない。 アリリオさまの夜の行為は執拗だ。 出して終わりの単純作業に見えて、粘着質に長時間なので、こちらの穴が死ぬ。だが、痕跡が残っていないので彼女たちにはアリリオさまの元気さが伝わっていない。 勇者語録において、セックスは夫婦二人のものであり、第三者は介入しないとあった。 夜の話を他人にするのは、恥ずかしいことだと勇者語録にはある。 貴族の一部には、性癖をオープンにして同士を集める人々もいるが、慎ましやかであれ、というのが普通だ。 使用人にも悟られないようにするものだと思い込んでいた。 エビータの私小説の中には寝室の中に侍女がいて、子供が出来るまで夫婦生活を監視しているという話もあった。 使用人からすると後継者は大切だ。 家が取り潰しになれば、職場を失うことになる。 どんな子供が、いつごろ生まれてくるか、関心があるのが当たり前なのかもしれない。 シーツを汚さないことが、正しいことだと思っていたが、使用人たちが心配をしてくれていたのだから、俺は正しくなかった。 汚さないように変にがんばる俺にアリリオさまは「シーツは汚すためにあるものだ」と言っていた。 あれは正しかったのだ。 洗う人のことを考えないと内心呆れていたが、俺が間違っていた。 子爵の家で貧乏な生活をしていたつもりはないけれど、孤児院で子供たちやシスターに節約を教えているせいで、貧乏性になっていた。 これは、自分では気づけないことだ。 湯船の中にある食用可能な花や葉っぱや果物を贅沢品であり、もったいないことをしていると気後れしたが、素直に喜んでいい場面だった。 俺が香りを好きだといった花茶の生花だったり、体を温める効能がある茶葉のフレッシュなものが、湯船に浮かんでいる。 つい、金額を計算してアリリオさまは頭がおかしいと思ってしまったが、公爵家だからこそ許される贅沢だ。 こういう美容法や健康法が公爵家の普通なのかもしれないのだから、無駄遣いと感じるのはよくない。

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