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【32】間接的な表現

「旦那様は大変ご多忙ですので、体がお疲れでふにゃふにゃであることも多いかもしれません。ですが、そんな旦那様を見捨てることなく、奥様には夜をお楽しみいただきたいのです」 リーはアリリオさまに捨てるように言われたという性具があるから、持ってくると言い出した。 主に捨てるように言われたなら、捨てるべきだと思うが、無表情のまま瞳を輝かせる彼女にはツッコミを入れられない。 ちなみにアリリオさまは、ふにゃふにゃどころか、バッキバキなので性具は要らない。 バッキバキすぎて、体力が追い付かないので、香水などで、その気にさせないようにしていた。 「……香水の匂いがついたシーツなんか、洗濯は大変?」 いろんな汁つきのシーツよりも香水のほうが、洗濯は楽だと勝手に思っていた。それは俺の思い込みで、逆に面倒をかけていた可能性がある。 「は水では匂いが落ちませんが、お湯をかければ無臭になりますので、そこまでの手間ではありません」 普通の洗濯とは違う工程を踏ませているので、手間をかけていたようだ。 それが仕事とはいえ、申し訳ない。 今後、あの香水を使う予定はないので、安心してもらいたい。 謝るべきか、考えていたら「夜の魔物に反応されない旦那様は、本当にお疲れで、嘆かわしい限りです」と暗い調子のリー。 夜の魔物というのは、香水の別称だ。 俺が使ったものは夜の誘いをかける香りと言われているらしい。 自覚はなかったが、リーの言い方だと香りをつけた段階で、俺からアリリオさまに誘いをかけていることになるのかもしれない。 アリリオさまが香水を嫌いだと知った上で、わざとやっていると思わなければ、俺がエッチに乗り気なのにアリリオさまが避けているように見える。 実際とは逆だが、意味が通じてしまう。 リーの「旦那様との夜がお好きではない」というのは、言葉通りの意味ではなく「誘いをかけても袖にされるような夜に良い思い出がないですよね?」ということだ。 楽しくない、歓迎していないことを「お好きではない」と表現することは、貴族にはよくある。 たぶん俺に合わせて間接的な表現をリーは使ってくれたのだろう。 頭がいい。武骨な見た目でも野蛮ではない。 ただ、筋が通った推測のせいで、事実と結論が逆転していても気づけない。リーの立場で俺が何とか穴を酷使せずに済ませようとアリリオさまの欲望をそらしていたというのは、思いつくはずがない。 ここで「アリリオさまは夜の運動が大好きで、激しい方です」と言って、誤解を解いてしまうのは簡単だが、それではいけない。 俺は強かに生きる。アリリオさまが使用人から、ふにゃちん野郎だと思われていることを利用しない手はない。 アリリオさまの名誉の回復を名目にして俺が積極的な行動をとっても許される。 いろいろな覚悟をしても俺にだって、自尊心がある。 積極的に動いて嫌がられたら傷つくに決まっている。 羞恥心だってあるから、使用人に赤裸々な内情がバレたくないと思っていた。 だが、同情よりも呆れられたほうがいい。 アリリオさまへのアタックが失敗しても、使用人たちとの距離が縮まるのなら意味がある。 親近感を得て、助言をもらっての再チャレンジ。 俺の立場だから出来ることを挑戦し続けるべきだ。

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